失われた楽園

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いつだって、サッカーは私の人生の中心にあった。8歳から私はアーセナルのシーズンチケットを持っているし、サッカーを愛する家族に生まれた。

子どもが言葉を覚えるのと同じように、私はサッカーの文化を学んでいった。意識的にか無意識にか、私の人生で重要な人との関係性には常にアーセナルが関係していた。

私の母もまたアーセナルのシーズンチケットホルダーだし、私が妻に出会ったのも共通のアーセナルへの愛がきっかけだった。

私の友人関係もまた、アーセナルあるいはサッカーにまつわるものが多いし、アーセナルは私のアイデンティティの中核にあるといってもいい。自分でそう思うだけでなく、他人も私のことをアーセナルと関連付けてみているようだ。

私が若い時代に、ニック・ホーンビーのフィーバーピッチ(邦題: ぼくのプレミアライフ)は私に非常に大きな影響を与えた。私も同じようにライターを目指すアーセナルファンだったのだ、それも当然だろう。

ホーンビーと同じように、私にも父親が居なかった。私は母と4人の姉に育てられた。ホーンビーは本の中で彼のサッカーへの愛がいかにして中学での友人関係を築く助けとなったかを書いており、彼の『自分以外に女性しかいない家庭で育ったシャイな少年の私が、男らしさが重要とされるコミュニティで通用する唯一の話題がサッカーだった』という文に私は共感を覚えた。

また、私自身は女性しかいない家庭で育っただけではなく、5歳の時に発達性協調運動障害と診断され、他の子どもと仲良くするのが難しい状態だった。だが、サッカーのおかげで私はこの障害を乗り越えることが出来た。

この障害は、自閉症と似たような特徴を持ち、何かにおいて通常の人よりも秀でた能力を獲得する場合も多くある。

例えば私の場合はトリビアやデータを記憶する能力で、サッカーはデータの宝庫だった。出場数や各試合のスタメン、ゴール数、アシスト数などなど。90年代のサッカー界についてのクイズ大会をするのであれば、私がチームに居ればとても役に立っただろう。

最も重要なのは、サッカーは私にいつもルーティーンを提供してくれたことだった。私は日付を忘れやすいのだが、8月から5月の間はこれは問題にならない。アーセナルの試合の日時を覚えているので、そこからさかのぼって計算できるのだ。

私は人生の中心にサッカーを据えて生活してきたし、例えば、試合に行く時間が取れるような仕事を選択してきた。

もちろん、新型コロナウイルスの爆発的感染拡大は私に与えた以上の影響を世界中で与えている。だが、サッカーの不在が我々にとっては今回の事態の荒涼感を強めるのに一役買っていることは間違いない。

だが、私は読者の皆さんに一つ告白しなければならないことがある。私はかつては、アーセナルの試合を一試合も欠かさず楽しみにしていた。平日のリーグカップでさえもだ。

だが、この1年間でそれが少しずつ変わっていった。なぜなら、トップレベルのサッカーが少しずつ私にとって魅力的ではないと思える方向に変わっていったからだ。

TV会社によるスケジュールへの介入、ヨーロッパスーパーリーグの可能性、VARの導入。これらによって、実際にスタジアムでアーセナルを観戦する楽しみはずいぶんと減ってしまった。

本音を言うと、ベンゲル時代終盤から観客席には不満が溢れすぎていて、特にアウェイ戦の観戦に胸を高鳴らせることが少しずつ減っていった。アーセナルの不調だけではなく、アーセナルファンが互いに怒鳴り合っている光景というのは、一緒に居るだけで疲れてしまうものだ。

私は17年間にわたってアーセナルの試合を一試合も欠かすことなく現地観戦してきた。私と同じようなことをしている人は皆同じように感じているだろうが、欠かすことなく観戦を続けると、それがプレッシャーのように感じられてしまうものだ。わたしは昨年ついに、新年の休暇を家族でブラジルで過ごすためにこの連続記録を破ったのだが、それ以降は、時折欠かすのも良いか、と思うようになった。

例えば、結果として延期になってしまったものの、急遽スケジュールが決まったアーセナル-マンチェスターシティ戦はマンチェスターでの観戦はしないつもりだった。

もし観戦するのであれば、ギリギリで旅行の手はずを整えなければならないし、恐らくホテルを予約する必要もあっただろう。

このように、大企業が無茶な負担を現地ファンに強いるようになると、このようなことも起こるのだ。

常にスタジアムでサッカーを観戦してきた身から言わせてもらえると、単純に土曜日の試合の方が遥かに都合がよいのだ。

公共機関も土曜日の方が便利で安い。(訳注: イギリスはキリスト教圏なので、今でも日曜日には時間を短く営業する店も多く、公共交通機関の本数も減り、値段も高くなる) 日曜日の試合が増えたことで、現地観戦の楽しみは減ってしまった。

他の何より、昨年のバクー(物流・宿泊面が十分ではないにも関わらず、UEFAがビジネス面での動機から開催地に決定。結果としてムヒタリアンが出場できないという事態にもなった。)での出来事は私の習慣を根本的に変えてしまった。

それは、私にサッカーがたどるであろう未来を想像させ、そして、私はその一部ではありたくないと感じさせるのに十分だった。

他の多くの人と同じように、アーセナルファンは本来素晴らしい舞台となるはずだった欧州カップ戦の決勝の舞台から締め出されてしまったのだ。かつては、よく怒りを覚えたものだった。だが、私はもう戦うのをやめてしまった。

物事は常に同じではいられない。人生だって変わるものだし、それはいつも自分の都合に合った方向に代わってくれるとは限らない。それも人生の一部で、これからもどんな形にせよアーセナルは私の人生の中心にはあるだろう。

昨年から、私はメンズアーセナルの試合よりもアーセナルウィメンの試合をより楽しむようになった。私が彼らのチームについて書くライターとしての仕事を与えられ、監督や選手たちを直接インタビューできる立場にあるから、というもの大きかったように思う。

これは私がまさに夢見ていたような仕事で、閉店後のおもちゃ屋さんで子供に好きなだけ遊んでいいよ、というようなものだった。

また、女性サッカー界を取り巻く文化はより穏やかで、毒々しくなく、攻撃的でもない。

私のアーセナルへの愛は変わらないが、人生は今まさに変わろうとしている。7月に妻との間に第一子が生まれる予定で、私はむしろコロナウイルスが我が子に与える影響に気が気でなくなっている。

7月に世界の状況はどうなっているのだろうか。出産の時点で病院の状況はどうだろうか。私の母はもう70歳だが、自宅待機で孫の誕生を見逃す、なんてことになってしまうのだろうか。

しかも、その期間中にアーセナルの試合がある可能性すらある。私はこの期間中にどんな記事を書けばよいのだろう?

家族の心配事、そして何億人もの人にとってより大きな懸念が世界を見舞っていても、やはりサッカーとアーセナルのことが素早く私の脳に侵入してくる。

アーセナルに関するコンテンツの提供が私の生活の糧、そして私が楽しんでいる日課でもある。今もそれは変わっていない。(アンドリュー(訳注: Stillman氏が記事を書いているarseblogの主)には秘密にしておいてほしいのだが、私は仮に無報酬だったとしても今の仕事をしてもかまわないと思っている)

アーセナルは私に枠組みと、ルーティーンと仲間をもたらしてくれた。純粋なサッカーだけではなく、その周りで渦巻くすべてのおかげだ。

今のような状態で、これらを失うのは非常にシュールにかじられる。今でもまだ、私は自分でこの状況にどうやって対処するつもりでいるのかよくわからない。

だが、もしかすると、この休止期間に私はまたアーセナルへの愛を再確認することになるのかもしれない。

(Source: https://arseblog.com/2020/03/paradise-lost/ )

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