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(この記事は前編の続きとなっています。)

また、同じように、エジルもラグジュアリー・プレイヤーだ。だが、ラグジュアリー・プレイヤーの起用を正当化するには、彼らは一貫して数字に残る結果を残し、他の部分でチームに負担をかけることや、時折のミスを我慢する価値があると示さなければばならない。

ペペがドリブルにおいて特筆すべき才能を持っているのは明らかで、彼はまるで一人だけスローモーションで世界が見えているかのように、蛇使いが蛇を操るかの如く相手を動かし、突破することが出来る。

ペペはここまでそれなりによくやっているし、ペペの適応プロセスは年明けからまた新しく始まったといってよい。彼の評価が決まるのは、今後の数か月でどれほどアシストと得点数を伸ばせるかを見てからだろう。

ただ、ペペはそれと同時に少し厄介だが同時に重要なタスクを監督から課せられている。アーセナルはアルテタ体制で、左に人を集めて攻撃を作ろうとしている。ジャカが偽CBのように機能し、左サイドバックがストライカーをサポートするように上がっていく。

初期のころはコラシナツとオーバメヤンがこの関係性にあったが今はマルティネッリとサカがそれを担うことが多い。彼らは素晴らしい連携を見せている。

この戦術の肝は、右で攻撃を作り、素早く左サイドにボールを動かすことで相手の隙をつくことだ。したがって、右サイドバックを務めるナイルズとベジェリンは左サイドバックと比べて低めの位置をとるか、中に入ることになる。

エイドリアン・クラークが指摘している通り、アーセナルは攻撃時に左サイドバック、左ウイング、ストライカー、トップ下、右ウイングの5人が横並びになることが多い。

この時、右サイドバックは中にはいってカウンターに備えることになる。これが意味することは、ペペには外側からオーバーラップしてサポートしてくれる選手が誰もいないということだ。

確かに、チーム1ドリブルが上手い選手をこの位置に配置するというアルテタの選択は筋が通って入る。サイドバックへのパスに逃げることなしに、相手に囲まれても突破できる可能性が一番高いのはペペだからだ。

外側を走ってくれるサイドバックがいない以上、今後のペペにとってのカギは、内側に位置するエジルあるいはウィロックといかに良い連携を築けるかだろう。例えば中の選手とのワンツーで相手の守備を乱せば、それだけドリブル突破は容易になるし、相手がペペのドリブルを警戒するだけで、いろいろなプレイがやりやすくなるはずだ。

アーセナルの現在の攻撃では、右ウイングが一番難しい役目を担うことになっている。また、その点では中央のストライカーの役目も負担が大きい。なぜなら、左サイドのFWが走りこむスペースを作り出す動きが求められるからだ。

そういった意味では、アルテタが中央にベテランを配置し、より活躍しやすい場所にマルティネッリとサカという若手二人を配置しているのは頷ける。

ペペとラカゼットの方には重い責任がのしかかり、時折一人ぼっちでチームが相手を攻略するための歯車とならざるを得ない。

とはいえ、それでもやはりペペにはもう少し得点とアシストを求めたいところだ。ピレスやサンチェスはラグジュアリー・プレイヤーだったが結果を残し、チームでの起用を正当化した。

一方で、アルシャビンとポドルスキは結果を残せずチームから外れていったラグジュアリー・プレイヤーだ。時が経てば、ペペがどちらのカテゴリニーに属するのか、明らかになるだろう。

(Source: https://arseblog.com/2020/01/the-nic-of-time/ )

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才能あふれた若手ほどエキサイティングなものはこの世界に多くはない。移籍市場と同じ理由で、彼らはサポーターの間で人気がある。ファンにとってそれはよりよい未来の可能性を夢を見るチャンスなのだ。その夢想の中には怪我や不調、モチベーションの低下、厄介な代理人などは存在しない。

新加入の選手と同じように、サポーターはまだ若手選手の欠点については良く知らず、強みばかりが目に付く。なぜなら、弱みをみつけても年を重ね、成長するにつれてそれらは良くなるだろうと思うからだ。

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アーセナルが得点をオーバメヤンに頼り切っているというのは皆が知っている事実だ。彼は今季のガナーズの全ゴール中の48%をあげている。

また、ラカゼットは不調に陥っており今季5ゴールしか挙げられていない。したがって、アルテタはオーバメヤンの出場停止に伴って大きな問題に直面することになる。

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フルタイムのホイッスルが吹かれ、チェルシー戦の敗北が決定した瞬間、多くの選手たちが地面に倒れこみ、スタジアムの時間が一瞬止まった。敗北の笛がいつも引き起こすように、風船から空気が抜けるように、スタジアムからエネルギーが抜けていくのが感じられた。

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だが、マルティネッリを興味深い選手にしているのは、ここまでの多様なサッカーキャリアだ。ラングが指摘していた通り、彼と彼の父は計画的に、欧州サッカーでの成功が納められるようにヨーロッパへのキャリアパスを計画してきた。マルティネッリは学校に通っていた時代からすでにメンタルトレーニングやけがを防ぐためのトレーニングを受けてきたそうだ。

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例えば、デイビッド・モイーズがどのような監督課は誰もが知っていた。だが、我々はアルテタの強みを知らないが、弱みも知らない。

プレッシャーへの対処はうまいのか?選手に対して厳しいせいで接するのか?それとも優しく励ますのか?彼の会話術は?ベンチを神経質に歩き回ったりするのか?などといったことをだれも知らない。

アーセナルの現状は、例えていうならもう手足が腐り落ちてしまう寸前のようなもので、だからこそルーキーのアルテタがブラックジャックになれるという希望のもと手術を任せようとしているのだろう。

また、もしアルテタが他のクラブでチャンスを得て、万一ヨーロッパサッカー監督界の天才児として名をはせてしまえば、アーセナルが彼を招聘することは叶わなくなる。

アンドリューが火曜日に書いたように、今のアーセナルの惨状のおかげで、アルテタは奇妙に優位な立場にある。だからこそ監督就任の話し合いはロンドンではなく、マンチェスターまで上層部を呼び寄せて行われたのだろう。

ペップの一番弟子という評判のおかげで、我々はアルテタのことを明確な哲学を持っており、アーセナルにアイデンティティを与えられる存在だとみている。彼はプロジェクトを任せられる監督で、チームの無駄を削減し、改革を進め自分なりのチームに作り替えるだろうという期待を持っている。

アーセナルが送っている難破船のようなシーズンと、アルテタの力量に対する好奇心のおかげで、ある程度は時間が稼げるだろう。そこまで長くはないかもしれないが、恐らく今季末までは不満は出ないはずだ。

アーセナルはもうすでにすべて爆破してゼロから始めよう、と言ってもいい段階まで来ているが、それにもかかわらずアーセナルとアルテタは相思相愛のようだ。

アルテタが2016年に引退した際に、ガナーズコーチ陣入りの打診を断ったのは事実だが、それでもアーセナルで過ごした5年間は彼にとって大きな影響を与え、その価値観を植え付けたようだ。

アルテタが在籍していた時代のアーセナルの価値観というのはつまり、アーセン・ベンゲルの価値観だ。彼はペップの弟子であると同時にアーセンの従者でもあった。

今回もそうだし、2018年にもアルテタは、チームがアンバランスで高給取りだが年齢の高い選手が多いという理想的とは言えないスカッドながら、アーセナル監督の座を望んでいた。

恐らく、アルテタにとってはアーセナルは特別な思い入れのあるクラブなのだろう。彼の目線に立ってみればアーセナル監督集には大きなリスクでもある。失敗の評判というのは長く残るもので、もし監督としてアーセナルで失敗すれば『ほらやっぱり』と思う人も多いことだろう。ギャリー・ネビルに聞いてみればいい。

去年の夏、最後の最後でアーセナルから断られたにもかかわらず、クラブとアルテタの関係は悪くならなかったようだ。もしかすると、友好的なお別れだったのかもしれない。あるいは、また次の機会に声をかけるよ、とでもいうような約束を交わしていたのかもしれない。アーセナルとアルテタはラブロマンスの主人公たちのようなもので、遅かれ早かれアルテタは帰ってくることになっていたのだろう。

(Source: https://arseblog.com/2019/12/come-back-to-what-you-know/ )

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チェルシーでのランパード然り、サン・パウロでのセニ然り、アルテタとアーセナルは遅かれ早かれ再会する運命にあったようだ。まるでルームメイトが麻薬に手を出しているのを見た大学生のように、お互いの好奇心が強すぎ、アーセナルもアルテタも、一度試してみなくては、と思っていたようだ。

実際、アルテタはアーセナルでの監督以外の噂はほとんど出ていない。エヴァートンでプレイしていたというだけで僅かにエヴァートン監督就任が噂されたくらいだ。この18か月でアーセナルの監督候補として2度も面接されたにもかかわらず、アーセナル以外に彼をマンチェスターから引き抜こうというクラブは現れなかった。

私は以前、アルテタの監督としての力量が未知数であることがいかにアーセナルにとって魅力的になりうるかについて書いた。アーセナルが呼べそうな監督の中で、本当にインスピレーションをもたらしてくれそうだ、という監督は見当たらず、そのような人材は(もし存在しているとすれば)まだ未発掘の人物の中にいるだろう、という見立てだ。

恐らく、なぜ我々がアルテタを魅力的に感じるかというと、監督の経験がなく、我々の目にその欠点がいまだに触れていないからだろう。

現代のサッカーファンにとって、知識というのは呪いになりうる。我々はほとんどすべての人物についてほとんどすべてのことを知っている。新しい選手が自クラブでデビューするまでに、Youtube動画や解説記事を通して彼らの強み、そして何より弱みを知る機会は多く、『未知』の感覚はすぐに消えてしまう。

これは監督にも言えることで、だからこそ今回全員一致でファンが望む監督、というのがいなかったのだろう。

アンチェロッティ?我々は既に彼をミラン、PSG、マドリード、チェルシー、バイエルンで目にしている。彼のスタイルは知っているし、彼が本来の実力を発揮できていないワールドクラスのタレントを扱う専門家だと知っている。彼はリラックスできる環境を好み、選手たちとフレンドリーな絆を築こうとする。

アッレグリ?我々はすでに彼が底まで英語に堪能ではなく、したがってイギリスでは素晴らしいコミュニケーターだと言い難いことを知っている。ユベントスでは成功をおさめたが、ACミランを去ったシーズンにはクラブは11位だった。(これが私自身のアッレグリへの評価というわけではない)

エメリがアーセナルの初戦を指揮するまでには、我々は彼がセビージャ、バレンシア、PSGで4-2-3-1を用いてきたことなどを既に知っていた。

既に知っているものに関しては、いわゆる”ハネムーン期間”は短縮されてしまう。監督や選手の弱みを既に分かっているファンはそれがどうしても目に付くようになる。

もちろん、アルテタへの期待もアーセナルファンは持っている。多くのファンは彼がペップと似たようなサッカーを展開するだろうと期待していると思う。

(明日の後編に続きます)

Source: https://arseblog.com/2019/12/come-back-to-what-you-know/

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今のアーセナルには、これさえ解決すれば大丈夫、というような唯一の問題など存在していない。ユングベリや次期監督が修正しなくてはならない点は数多くある。

チーム、そして選手たちは根本的に崩壊しており、彼らにはデリケートな対処が必要だ。とはいえ、アーセナルに集まる選手たちは世界屈指の集団ではないが、それでも現在の成績よりは良い結果を残せるだけの実力を備えているはずだ。

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私はもう考えうる限りあらゆる言い方でアーセナルの守備がいかにクソであるかについての文章を書くのには飽き飽きしてしまった。チェンバースのアスリート力の不足や、ソクラティスの技術の欠如や、ルイスの判断力の悪さ、そしてなぜムスタフィがほんの少しでも守備力が要求される状況でテンパってしまうのかについての分析はもううんざりだ。