アルテタの帰還 後編

語ってみたTim Stillman

(この記事は昨日の前編の続きとなっています)

例えば、デイビッド・モイーズがどのような監督課は誰もが知っていた。だが、我々はアルテタの強みを知らないが、弱みも知らない。

プレッシャーへの対処はうまいのか?選手に対して厳しいせいで接するのか?それとも優しく励ますのか?彼の会話術は?ベンチを神経質に歩き回ったりするのか?などといったことをだれも知らない。

アーセナルの現状は、例えていうならもう手足が腐り落ちてしまう寸前のようなもので、だからこそルーキーのアルテタがブラックジャックになれるという希望のもと手術を任せようとしているのだろう。

また、もしアルテタが他のクラブでチャンスを得て、万一ヨーロッパサッカー監督界の天才児として名をはせてしまえば、アーセナルが彼を招聘することは叶わなくなる。

アンドリューが火曜日に書いたように、今のアーセナルの惨状のおかげで、アルテタは奇妙に優位な立場にある。だからこそ監督就任の話し合いはロンドンではなく、マンチェスターまで上層部を呼び寄せて行われたのだろう。

ペップの一番弟子という評判のおかげで、我々はアルテタのことを明確な哲学を持っており、アーセナルにアイデンティティを与えられる存在だとみている。彼はプロジェクトを任せられる監督で、チームの無駄を削減し、改革を進め自分なりのチームに作り替えるだろうという期待を持っている。

アーセナルが送っている難破船のようなシーズンと、アルテタの力量に対する好奇心のおかげで、ある程度は時間が稼げるだろう。そこまで長くはないかもしれないが、恐らく今季末までは不満は出ないはずだ。

アーセナルはもうすでにすべて爆破してゼロから始めよう、と言ってもいい段階まで来ているが、それにもかかわらずアーセナルとアルテタは相思相愛のようだ。

アルテタが2016年に引退した際に、ガナーズコーチ陣入りの打診を断ったのは事実だが、それでもアーセナルで過ごした5年間は彼にとって大きな影響を与え、その価値観を植え付けたようだ。

アルテタが在籍していた時代のアーセナルの価値観というのはつまり、アーセン・ベンゲルの価値観だ。彼はペップの弟子であると同時にアーセンの従者でもあった。

今回もそうだし、2018年にもアルテタは、チームがアンバランスで高給取りだが年齢の高い選手が多いという理想的とは言えないスカッドながら、アーセナル監督の座を望んでいた。

恐らく、アルテタにとってはアーセナルは特別な思い入れのあるクラブなのだろう。彼の目線に立ってみればアーセナル監督集には大きなリスクでもある。失敗の評判というのは長く残るもので、もし監督としてアーセナルで失敗すれば『ほらやっぱり』と思う人も多いことだろう。ギャリー・ネビルに聞いてみればいい。

去年の夏、最後の最後でアーセナルから断られたにもかかわらず、クラブとアルテタの関係は悪くならなかったようだ。もしかすると、友好的なお別れだったのかもしれない。あるいは、また次の機会に声をかけるよ、とでもいうような約束を交わしていたのかもしれない。アーセナルとアルテタはラブロマンスの主人公たちのようなもので、遅かれ早かれアルテタは帰ってくることになっていたのだろう。

(Source: https://arseblog.com/2019/12/come-back-to-what-you-know/ )

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Posted by gern3137