エメリのスタイルは既に完成しており、だからこそ彼は解任されるべきである

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『我々が準備をした通りに試合をコントロールすることはできた。だが同点に追いつかれ、我々は選手をボックスに送り込み始めた。ビッグチャンスを作ることは出来なかったが、2点目が遠かったわけではない。結果は悪かったが、戦術的には我々は望むとおりにプレイ出来たと思う。』

これが、1-1で引き分けに終わったウォルバーハンプトン戦の後のウナイ・エメリのコメントだ。恐らく『戦術的には我々には臨む通りプレイできた』というフレーズはアーセナルファン、ジョシュ・クロエンケ、アーセナルフロントの注意を引いたことだろう。

エメリ時代のファンからの最も主要なクレームはアーセナルが戦術的なアイデンティティや哲学を欠いているというものだった。

私もそのうちの一人で、同じように考えていたのだが、土曜の夜のコメントを見て、気づいたことがある。『アイデンティティ』や『哲学』を求める声は単なる楽観的な現実逃避にすぎないのだ。

アーセナルにはすでにアイデンティティがあるのだが、それに向き合いたくないというだけのことだ。

監督は昨季のウルブズ戦・パレス戦の結果についても『我々は昨季も勝利できなかった2チーム相手にホームでの機会を落としてしまった』と会見で触れた。

これは、今季の試合のプランを立てるうえで昨季のことが頭にあったということだろう。昨年の11月、ウルブズはカウンターからアーセナルを朝食に食べてしまった。

確かに今回は同じことが起こることを阻むのには成功したが、問題は、アーセナルはカウンターからではなくとも、どんな形でも失点してしまうということだ。

そして、もう一つの問題は、 エメリがウルブズの守備の脆弱性につけこむプランを全く持ち合わせていなかったということだ。プランは相手チームを止めることだった。それ自体は悪いわけではないが、いかにして相手を攻略するかという視点が欠けていた。

土曜の試合でのアーセナルの最後の枠内シュートは前半32分だった。これは、エメリ下のアーセナルの象徴ともなっている。ガナーズは、リードするや否やそのリードを守ろうとするのだ。エメリは常に綱渡りで、全てのリーグの試合をトリッキーなヨーロッパリーグのアウェイ戦のように扱っている。

何度のそのせいで痛い目に合おうとも、エメリは同じ指示をチームに出し続ける。彼の監督としての地位が危うくなり、サポーターの彼への気持ちが深海に沈もうとも、それでも彼はウルブズ相手にチームが成し遂げたものに満足しているのだ。

彼は、シェフィールド戦の後も、同じように後悔していないようだった。『チームが試合をコントロールできた局面もあり、チャンスも作れた。得点は出来なかったが、もしもう一度今日と同じ試合をすれば、勝ち点を得る確率は高いと思う。』

ブラマルレーンではアーセナルはゲームプランを遂行したが、少し運が悪かった。そのようにエメリの目には映っているのだ。

これはエメリがすべての試合を白熱した腕相撲のような僅差の試合だととらえ、ギリギリのところで勝負し、アーセナルのFW人のクオリティが勝利に導いてくれるよう願っているからだ。

今季のアーセナルのプレミアリーグでの勝利はすべて1点差だ。これは、全ての試合でぎりぎりにならざるを得ない中位や下位チームにとっては良い戦術かもしれないが、アーセナルのようなチームには向いていない。アーセナルは下位チームを自慢の攻撃陣で蹴散らせるはずなのだから。

そもそも、チームとしての実力以前の問題として、今のアーセナルのスカッドは大きく攻撃側に偏っている。アーセナルの攻撃陣ではなく守備陣が試合結果を左右するような戦い方は、監督として賢くないアプローチだといわざるを得ない。

ウルブズ戦とシェフィールド戦後のコメントはチームはきちんと彼のゲームプランを遂行していることを示しているように思える。そして、これは当分の間変わる予定もなさそうだ。

これがエメリ下のアーセナルの『アイデンティティ』なのだろう。ウナイ・エメリは同じことを選手たちに求め続けるだろうし、もし誰かが同じことを継続して続けるのであれば、それが彼/彼女のやり方ということだ。

だからこそ、エメリがまだ状況を立て直せると信じてこれ以上エメリの解任を先延ばしにするのはナンセンスだ。彼は既に我々に、このやり方がずっと続くだろうと示しているのだから。

(Source: https://www.unibet.co.uk/blog/football/premier-league/emery-has-imposed-a-style-at-arsenal-and-that-style-is-the-reason-he-should-be-dismissed-1.1298517 )

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