走り屋と運び屋 後編

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(この記事は昨日の前編の続きとなっています。)

ドリブルを用いて相手と対峙する気が少しでもあるのは、チームでイウォビただ一人だけだ。モダンフットボールにおいて、ドリブルは攻撃の最も効果的な手段の一つで、私の意見では、プレスが厳しい今の時代だからこそ、相手の裏を突ける意外性のあるドリブルという手段の重要度はさらに上がっている。

これが特に顕著に表れるのが対戦相手がよりエネルギッシュにアーセナルに向かってくるアウェイ戦だ。アウェイのアーセナルは、ほんの少しでも不具合があるとそれを乗り越えられない。ホームの観衆に押されて無理やりにでも相手選手が全力で立ち向かってくる、という混沌とした状況で輝ける選手がほとんどいないからだ。

シーズン前半には、ウエストハムやワトフォード、エヴァートン、そしてカーディフさえもアーセナルに対して優位に立ったが、これらの試合では幸運にもアーセナルが勝利を収めた。エミレーツの観衆とチームのホームでの成績のおかげで対戦相手は委縮してしまうことが多かった。彼らは結果として深く構え、ドリブラーも走りこむ選手もいないアーセナルがボールを動かしてじっくり相手を攻略するのをただ待ってしまっていた。

だが最終的に、敵チームの監督も、アーセナルに対してより有効な戦略は、アウェイでもホームと同様に扱い、エミレーツでも果敢にとびかかっていくことだと学んだようだ。アーセナルに真っ向勝負を挑んだところで、かつてのように大敗するリスクはたいしてないのだ。したがって、ウイングとライン間に走りこんだり、ドリブルでボールを運んだりすることが出来るMFの獲得が、エメリにとっての喫緊の課題だといえる。

アーセナルの二人のストライカーのクオリティが高すぎ、これらの欠点が今季は隠れてしまっていた。ラカゼットとオーバメヤンが同時にピッチに立った時の相性は最高だというほどではないが、彼らは互いに自分のチャンスを犠牲にして相方のためにチャンスを作り出すことを厭わないし、オーバメヤンのペナルティエリアでスペースを見つける能力はほとんど超能力だ。

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ラムジーのナポリ戦でのゴールが、彼の不在に酔ってアーセナルが失ったものを象徴している。あまり大きな声では言えないが、アウェイでは成功率が高くなくともサンチェスが見せたような、ファイナルサードで仕掛ける姿勢はアーセナルにとって大きなプラスとなっただろう。過去に何度かいったが、私は彼の個人主義的な姿勢がアーセナルのチームプレイの妨げになっているとは全く思ったことはなかった。

エメリはこの一年間をまるまるバランスとの戦いに費やしている。戦術的には、アーセナルは少し短すぎる布団のようなもので、エメリは二流の守備と負担が大きすぎるストライカーをサポートする方法の間を行ったり来たりしながら戦い続けてきた。ラムジー、あるいは彼のような選手がラカゼットとオーバメヤンには必要だ。今の段階では、彼ら二人は二人ぼっちなのだから。

(Source:
https://arseblog.com/2019/05/runners-and-riders/ )

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