走り屋と運び屋 前編

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アーセナルは、一週間で3失点を3連続で記録したりと、守備の脆弱さが非常に目立っている。そんな中、恐らくあなたが最も読みたくないのは、アーセナルの攻撃がいかにひどいかに関する記事だろう。ちょ、ちょっと待ってくれ、戻ってきて最後まで記事を最後まで読んでくれたまえ!『ムスタフィはクソ』と書き続ける記事のほうがアクセスが稼げるって?まあ確かにそうかもしれないが、私の言うことも聞いてくれ。

アーセナルの守備が可燃性であるということはすでに明らかで、十分に証明されている。我々の最高のDF達は、30を超えているか、ケガをしているかのどちらかだ。選手個人の質と量的にはアーセナルのタレントは前線に固まっているが、にもかかわらず、アーセナルの攻撃的選手の系統は非常にアンバランスで、彼らはお互い相性が良くない。 

オーバメヤンとラカゼットを除けばシーズン2桁特典が期待できるような選手は誰もいないし、アーセナルのシュート数の少なさは私が数か月間に書いた通りだ。これは、チャンスの少ないところからでも積極的に打つべきだといいたかったわけではなく、単にアーセナルにはペナルティエリア内で仕事ができる選手が少なすぎるという指摘だった。

この数週間でのラムジーの離脱はあまりに痛い。なぜなら、奇妙な言い方をするのであれば、彼は数少ない持ち場を放棄することが出来る選手だからだ。彼が前線に上がりすぎるとフラストレーションをためてきたアーセナルファンも多いかもしれないが、今となっては、それがどれほどチームを助けていたのかがわかる。今のアーセナルにはボールを上手に動かせる選手は多くいるが、自分自身が動こうとする選手が少なすぎる。

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それは、ウルブズ選手の最初の20分で顕著に表れていた。トレイラ、ジャカ、エジル、ムヒタリアンはピンボー
ルのようにボールを動かすばかりだった。彼らは程度の差はあれ全員が技術的に秀でているが、ウルブズはただ安楽椅子に座り、ペナルティエリアの外から外へとボールが動いていくのを眺めているだけでよかった。彼らの領域に、ボールを持っていないときに走りこもうとするアーセナルの選手が誰もいなかったからだ。

これは、チームがフォーメーションのポジションを全く崩さずにプレイすると何が起きるか、全員が自分のポジションにとどまってプレイすると何が起こるかの良い例だった。ペナルティエリアまでボールを動かすことが仕事の選手が集まると、ストライカーは孤立し、攻撃は予測しやすいものになってしまう。動きと危険性が攻撃には必要なのだ。ある程度の混沌を含んでいなければ、幸運なゴールが生まれる余地すらもない。

サンチェスやウォルコットといった選手たち(あるいは少なくとも、アーセナル時代の彼ら)を失ってしまったせいで、アーセナルの攻撃は激しさを失ってしまった。ラカゼットは中盤に降りてきて味方と連携するのを好み、そのせいでラムジー以外に彼を追い越して走りこむ選手がおらず、誰もペナルティボックス内にいないという状況になってしまうのだ。

オーバメヤンとラカゼットが二人とも前線で起用された時でさえも、彼らは孤立してしまうことが多い。彼らが生きるように彼らの前に走り込み、相手のDFの注意を引き付けてくれる選手が必要だからだ。エジル、イウォビ、ムヒタリアンといった選手はこのような仕事をこなさない。出場機会がもう少しあったとしても、デニス・スアレスもこのようなタイプの選手ではない。スアレスはアーセナルに既に溢れているタイプの選手なのだ。

オーバメヤンは逆に、ビルドアップに関わることを好まない、オフザボール特化型の選手だ。これは、今のエメリのチームにとって悪いことではない。それを補完してくれる選手は多くいるからだ。だが、彼の動きも孤立した状況では大きな成果を残せない。他の選手が引き起こしてくれる一瞬のパニックの隙をついてこそオーバのような選手は最も輝けるのだ。

簡潔にまとめると、ストライカー二人は、時折サイドバックが駆け上がってくることを除けば、ファイナルサードで自力で何とかすることを要求することを要求されているのだ。また、アーセナルに足りないのは前線への走り込みだけではない。これに加えて、ボールをドリブルで運んでくれる選手も同時に欠いているのだ。アーセナルはロシツキー、チェンバレン、ウィルシャー、カソルラといった選手の代役を獲得することが出来ていないからだ。

(明日の後編に続きます。)

(Source: 
https://arseblog.com/2019/05/runners-and-riders/ )

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