アルテタの厳格すぎる姿勢はアーセナルに問題をもたらしているか?

語ってみた

先日のarsebastで触れられていて、興味深いと思った話があるので、少し掘り下げて書いてみようと思う。簡単に言えばそれは"アルテタは少々厳格すぎるのではないか"ということだ。

リーズ戦後のコメント

まず、それを考えるきっかけとなった、かつ少々驚きだったのは、リーズ戦直後のインタビューでアルテタがペペが"let the team down"(失望させる・足を引っ張る)したと発言したことだ。

もちろんこれはアルテタの言う通りであり、アルテタ監督就任後の他の退場とは異なり、ボール奪取の意図などはない、完全にプレイ外でのカードだったため、言い訳の余地はない。

とはいえ、監督が一人の選手を公の場で名指しで戦犯扱いする、というのは特にアーセナルの監督しては非常に珍しいことだ。

今までは、どれほど愚かな行為であろうとも、後から本人と話をするだけに終わらせる、というケースが多かったように思う。(今回もペペと話はしているはずだが)

もちろん試合直後のコメントであり、アルテタ自身も感情的になっていたという事を考慮する必要があるが、それにしても少しサプライズというか、レアな出来事ではあった。

(例えば、別にアルテタがこのように言うべきだった、と主張したいわけでもないが、言おうと思えば、『非常に愚かな行為だった。だが、アリオスキの反応は大げさで、彼に退場に追い込まれてしまったね。』ということもできたはずだ。)

繰り返して言っておくが、別にアルテタの発言の内容の妥当性に疑問を唱えたいわけではない。ペペがプレイとは関係のない全く不必要な退場でチームに迷惑をかけたのは事実だ。

厳格なアプローチには選手によって向き不向きがある

しかし、これを公の場で突きつけることで、あるいはもう少し広い意味でアルテタの"ついてこられるものだけついてこい"的なアプローチ全体にたいして言えることだと思うが、これにより奮起しさらに努力をするタイプの選手もいれば、さらに自信喪失してしまう選手もいるだろう。

レッドカードとは直接関係はないし、ペペの人となりを知っているわけではないので何とも言えないが、彼が『君は私の要求水準に達していない。』という宣告を突き付け、メンバーから外すことで、良い反応を引き出せるタイプなのかというのは少し怪しいと思う。

多少の欠点には目をつぶってでも、『私は君を信頼している』と送り出してやった方が輝ける選手というのもいるに違いない。

過去にペペと同じような経緯でナイルズとセバージョスがメンバーを外れ気味になり、その後スタメンに返り咲くということがあったが、結局彼ら二人とも現在は絶対的なスタメンに言えない立場に留まっている。

アルテタはチームを船に例えるのを好み、この船に乗るかどうかは選手次第だ、という言い方をよくする。しかしアルテタの乗船基準は少々厳しすぎるのではないか、という気がしなくもない。

アルテタのNon-negotiables

また、恐らくアルテタが乗船基準として設定しており、繰り返し口にするNon-negotiables(妥協できない点)というのが具体的にどのような要素なのか、外部から見ていてはよくわからないのが少し不安な点でもある。

Jamesさん(Athleticのジャーナリストで、arsecastの主要パーソナリティ)が冗談交じりに『アルテタのnon-negotiablesはウィリアンなのだ』と言っていたが、ウィリアンはこの代表ウィーク中にドバイに出かけており、クラブが聞き取り調査を行った、と報じられていたので事前に知らされ、許可をとっていたわけでもないのだろう。

今の時代に感染リスクを考えるとこれが賢い行動ではないのは明らかだが、特にこれがウィリアンのチームでの立ち位置に影響を及ぼした様子はなかった。

もちろん練習態度などを総合的に加味したもので、ウィリアンにもきちんとした理由があってのことだったのかもしれないが、ウィリアンのケースがどうであろうと、具体的にnon-negotiablesというのが何のことで、どういう要求をしているのか日常的に選手と緊密にコミュニケーションをとっておかなければ、そのうちに不満を抱く選手が出てきてもおかしくない。

例えば百戦錬磨のエジルのような選手がこのアルテタのいう所の基準を満たせない場合には言い訳の余地はないかもしれないが、20歳前後の若手を育成することなども視野に入れるともう少し柔軟であってもいいのかもしれない、とは思う。

アーセナルの苦しい台所事情

また、現在アルテタが率いているのがマンチェスター・シティではなくアーセナルである、というの重要なポイントだ。

もちろんアルテタが自身の基準を満たす選手しか起用するつもりはない、と考えるのは当然だが、そうはいってもアーセナルの資金力と人材は限られている。

監督にもいろいろなタイプがあり、手元のメンバーを生かしてチームを作ろうという監督もいれば目標を設定したうえでそれに沿った選手を必要とするタイプの監督もいる。

そして、これはバランスが肝要で、現実的に考えて、資金が無限にあるわけではないアーセナルで監督をする以上、完全に後者に振り切ることはできない。

監督の要求水準を満たさないからと言って簡単に放出、新たな選手を獲得、というわけにもいかないのだ。となると、厳格すぎる基準を設定して、チームから外れる選手続出、という事態を発生させるわけにもいかない。

もちろんピッチ内でのリターンと引き換えに監督としての権威を損なうような形でチーム崩壊を招いてしまったエメリの例もあるので、一概には言えないが、アルテタはコミュニケーション能力が非常に高いからこそ、自身のオーソリティを損なわないようなやり方で妥協する方法を見つけ出せるのではないか、と惜しく感じてしまう。

その最たる例がエジルとゲンドゥージのケースで、仮に心の中で『ゲンドゥージにアーセナルでの居場所はない』と見切りをつけていたとしても、売却まで考慮に入れたうえでうまくメンバー入りさせる方法を見つけ出せていれば、今頃それなりの値段で売却に成功し、アワール等代役獲得のための資金源とできていたかもしれない。

清濁併せ呑むのが得となる場合も

エジルに関しても、複数の選手がなぜエジルがメンバー外なのかわからない、といったコメントを出していることからもわかる通り、完全に選手たちからの理解を得ているというわけでもなさそうだ。

誰か他の選手を登録外にしてエジルをメンバー入りさせるべきだった、とまでは言い切れないが、空前絶後のチャンス創出力不足に悩むアーセナルにとって、例えば後半数十分だけでもベンチからエジルを投入できたら、という考えが非常に魅力的なのも事実だ。

また、チームにとっての損得以前に、チームが少し結果が出せなければこの件を引き合いに出してアルテタが批判されるのは間違いなく、自身のアーセナルでの仕事を少しやりにくくしてしまった、ともとれる。

もちろん、それも厭わず自身の理想を実現しようとするスタイルがアルテタの大きな魅力でもあるわけなのだが。

伝統的に、サッカーは"悪童"には全く居場所のないスポーツではない。態度面での問題からキャリアを台無しにした選手たちも多い一方で、それをうまくマネージメントしてくれる監督に出会い、問題を抱えながらも成功した選手たちもいる。

結局は結果がものをいう世界で、監督でもそれは一緒だ。

自分についてこないものは切り捨てるスタイルであれ、より巧みに選手たちを懐柔するスタイルであれ、それこそジョゼ・モウリーニョのようにインタビューで特定の選手を何度も槍玉に挙げて非難するようなやり方であったとしても、結果を出していれば基本的にその是非は問われることはない。

アーセン・ベンゲルは理想家ではあったが、ナスリ、アデバヨール、ベントナーなど数多くの問題児たちを概ねうまくマネージしてきた。また、態度面だけではなく、ワールドクラスとはいいがたいタレントになんとか自信をつけさせ、トップ4入りできるくらいの成績を残させる手腕でいえば世界一といってもいい上手さだった。

もしかすると、アルテタは彼のやり方をもう少し参考にしてみてもいいかもしれない。

とはいえ、ようやく監督歴二年目に突入しようか、というアルテタ自身がまだまだ成長途上であり、海千山千のアーセン・ベンゲル監督との比較は酷ではある。

今回の記事のタイトルである問いの答えとしては、アルテタの姿勢が問題だとは思わないが、もう少しうまくやる余地があるかもしれないのも事実だと思う、といったところだろうか。

今後アルテタが自身の高い理想を貫きながらチームを高みに導くことが出来るのか、それともより巧みでニュアンスのある選手管理のアプローチを身に着けた監督へと成長するのか、興味深く見守っていきたい。

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Posted by gern3137