アーセナルがFA杯を初優勝した日のこと

歴史Tim Stillman,海外記事

アーセナルは史上最多の13回のFA杯優勝を誇っている。これらの決勝のうちのいくつかは息もつかせぬ記憶に残る試合としてガナーズの歴史に刻まれている。

1979年のアラン・サンダーランドの"5分間の決勝"のゴール、アンディ・リンガンがシェフィールド・ウェンズデーのゴールラインを120分に割った1993年の決勝再試合。

2005年にカーディフでパトリック・ヴィエラのアーセナルのラストタッチとなったゴールの後は2014年のラムジーのゴールまでアーセナルは待たねばならなかった。

アーセナルのFA杯優勝には色々な形があったが、その中でも最も過酷だったのがアーセナルがFA杯を初優勝した1930年の決勝打。

名将ハーバート・チャップマンが1925年にアーセナルの監督に就任し、プラン通りのチームを作るには5年かかると言った、という話は有名で、ちょうどその5年後にアーセナルがFA杯優勝果たしたのはまるで予言のようだ。

だが現実はそんな魔法のようなものではなく、チャップマンは自身の革命的なWMフォーメーションをきちんと遂行できる選手を集めチームを作り上げるのに長い時間が必要だった。

また、彼には資金も必要で、アーセナルの経営を立て直した倹約家のヘンリー・ノリスがサッカー界から追放されることになったのもチャップマンにとっては悪くない出来事だった。

新会長のヒル=ウッドはチャップマンがよりクラブ経営に深く携わることに満足していたからだ。

1930年のチャップマンのチームには既にアレックス・ジェームズとクリフ・バスティンという攻撃の柱がおり、彼らの連携は素晴らしかった。

1927年、アーセナルが初めてFA杯決勝に進出し、史上初めてBBCラジオで放送されることとなった1927年の決勝で敗北したのはチームにとっては大きな落胆のもととなり、ミスをしたGKのダン・ルイスはのちにこれをGKユニフォームのせいにし、アーセナル側がユニフォームは新品ではなく試合前に一度は選択されると主張する、という事態にまで発展した。

1930年のFA杯ではアーセナルはチェルシー、バーミンガム・シティ、ミドルズブラにウエストハムを破り、準決勝のハル・シティ戦にたどり着いた。

当時ハルは二部の最下位でアーセナルの勝利は揺るがないと見られていたが、なんとアーセナルは2-0のリードを許してしまう。(どこか聞き覚えのある話だ。)

だが、後半何とかアーセナルは同点に追いつき、再試合の権利を勝ち取った。

アーセナルがこの準決勝再試合を勝ち抜けたのはデイビッド・ジャックのおかげだった。ハルのアーサー・チャイルズが選手に蹴りを入れたことで退場になった(1930年代に退場になるとは、どれくらい強烈なキックをお見舞いしたのだろうか)が、この判定にスタジアムにはブーイングが渦巻いたらしい。

とはいえ、この雰囲気と守備にも負けず、アーセナルは何とか史上二度目の決勝へのチケットを勝ち取った。

決勝の相手はチャップマンがアーセナルの前に率いていたハダスフィールドタウン、というお似合いの舞台だった。彼らはチャップマンのもと3連覇も達成しており、1922年に一足早くFA杯も優勝していた。

1930年4/26日、ウェンブリースタジアムで行われた試合は、TV放送される5番目の試合だった。

アーセナルのキャプテントム・パーカーとハダスフィールドのトム・ウィルソンがチームを率いて2列に並んでピッチに現れた。

これは当時は一般的なものではなかったが、チャップマンの偉業をたたえて行われたもので、この習慣は今も残っている。

92488人が見守る前で、当時の英国王ジョージ5世が2チームにあいさつを行ったが、それよりも目立ったのは試合中に空を横切った200m以上あるドイツの飛行船、グラフ・ツェッペリンだった。

ドイツの飛行船グラフ・ツェッペリン

今映像を見てもこの光景は非現実的で、スタジアム近くの非常に低い位置を飛行しているのがわかる。これは、ジョージ5世への敬意を示したものだったらしい。

アーセナルは

1 チャーリー・プリーディ
2 トム・パーカー(キャプテン)
3 エディー・ハップグッド
4 アルフ・ベイカー
5 ビル・セドン
6 ボブ・ジョン
7 ジョー・ハルム
8 デイビッド・ジャック
9 ジャック・ランバート
10 アレックス・ジェームズ
11 クリフ・バスティン

というメンバーをWMフォーメーションで起用して決勝に臨んだ。

この試合の17分にはのちの逸話では、ウェンブリー行きのバスの中で思いついたとされる、トリックFKがさく裂した。

バスティンはロングシュートが有名なことで有名だったため、まずフリーキックからジェームズが短い距離のボールをバスティンに渡すことで、相手DFがバスティンに向かって殺到しかけた所でフリーになったジェームズにバスティンがボールを返すというものだ。

時間もスペースも与えられた名パサーのジェームズはこれにより自由にプレイすることが出来、ここから彼が点を決めた。

これ以降は前がかりになった相手にアーセナルが効果的にカウンターを繰り出すことができた。

83分には低い位置でボールを拾ったジェームズがハダスフィールド陣の裏へロングボールを放ち、これに追いついたジャック・ランバートが試合を決める2点目を挙げることに成功した。

この結果、アーセナルが史上初のタイトルを獲得し、この後は黄金時代が続くことになる。実は1929/30シーズンアーセナルのリーグ順位は14位だったのだが、この優勝がチームに必要不可欠な自信を与えたのだ。

この次のシーズンアーセナルは初のリーグ優勝を果たすことになる。

このあとの5年間でなんと4度のリーグ優勝を果たし、1936年には再びFA杯も優勝した。

今にして思うと、あの日空を飛んだ飛行船は、この後のチャップマンのチームの誰に止められない破壊力を象徴していたのかもしれない。

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今回登場したアーセナルレジェンドたちについてより詳しく知りたい方はこちらもぜひ!

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Posted by gern3137