アーセナルレジェンド紹介9 【ロッキー】デイヴィッド・ ローカッスル 1985-1992

選手紹介

司馬遼太郎が『竜馬がゆく』のあとがきで、坂本龍馬の『長州が可哀そうではないか』という一言の不思議さや魅力を伝えたいがために8冊もにわたるこのシリーズを書いた、といった旨のことを書いていたと思いますが、今回のレジェンド紹介に関して同じような立ち位置に居るのがこのデイヴィッド・ローカッスルです。

このシリーズは、デイヴィッド・ローカッスルに関してイアン・ライトが思い出を語っていたのを聞いて、この人のことを伝える記事を書きたいな、と思ったのがすべてのきっかけでした。

というわけで、デイヴィッド・ローカッスルの登場です!

ロンドンでカリブ系の移民の子どもとして生まれ育ったローカッスルは15歳でアーセナルアカデミーに加入すると、17歳でプロ契約を結びます。

目が悪かったため、コンタクトレンズをつけ始めて以降キャリアが本格的にスタートしたそうです。サイドでも中央でもプレイできるMFで、デビュー当時、パトリック・ヴィエラと同じように、アーセナルのチームメイトたちは、こいつはとんでもないやつが現れた、と思ったそうです。

アーセナルがリーグ優勝を達成した1989年にはリーグ最優秀若手賞も獲得しました。

結局は怪我の影響もあり、ポテンシャルを完全には成就させることができず、リーズに移籍するまで277試合出場で34ゴールというのはそこまで特筆すべき数字ではありません。

しかし、いまだに伝説的な選手として語り継がれていることからもわかる通り、非常に記憶に残る選手だったようです。ファンだけではなく、チームメイトが皆そろって称えているのが印象的です。

アラン・スミスをもって『ロッキーは完ぺきな選手だった。ブラジル人のような柔らかなタッチと、サイのタックル、ライオンのハートを併せ持っていた。』といわしめ、マーティン・キーオンも『彼は天から舞い降りてきたかのようだった。観客は皆彼のことを愛していたよ。強い意志、魂、そして素晴らしいボールさばきをすべて持ち合わせていた。』と評しています。

のちには、アーセン・ベンゲル監督も『ローカッスルはとんでもないサッカー選手であっただけではなく、人間としてもずば抜けていた』と述べています。

その他大勢の元チームメイトたちがロッキーを称賛するコメントを出していますが、共通するのは素晴らしいボールさばきとその人格です。

誰もが諦めるような時でも決してあきらめず、人当たり良くフレンドリーで、いつどんな時もプロフェッショナルな姿勢を忘れなかった選手でした。

イアン・ライトとは特に仲が良く、ユース時代から親交が深かったそうですが、彼は年下のロッキーからプロサッカー選手がどうふるまうべきかというものをすべて教わり、クリスタル・パレスでトライアルを受けた際にはいろんなアドバイスを受けたそうです。

ライトもやはり、彼は10代のユース時代から誰よりもプロフェッショナルだったと懐古しています。

彼ら二人はその後も特別な絆で結ばれており、ライトがトップレベルで台頭したのを自分のようにロッキーは喜び、彼がリーズに移籍することになった際には二人で抱き合って泣き崩れたのだそうです。

ジョージ・グレアムのロッキーの扱いに関してはライトは未だに不満も持っていると述べていました。当時のアーセナルの選手たちは皆動揺していたそうです。

その後ロッキーは10年もたたないうちに、悪性リンパ腫と診断され2001年3月、33歳の若さでこの世を去ってしまいます。

この日は奇しくもノースロンドンダービーが開催された日で、トッテナムファンとアーセナルファンが一体となって試合前にロッキーへの黙とうを捧げました。

この選手には、当時のアーセナルを知る人々にしかわからない、言葉にできない何かがあるのではないか、という気がします。

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Posted by gern3137