エジル使用許可 前編

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先週起きたジャカの一件まで、エジルとエメリの衝突は、アーセナルのエメリ時代を象徴するような出来事だった。だが、SNS上やシンプンのスポーツ欄で繰り広げられる場外戦のPR合戦では、エメリは現代フットボール界で最も有能なPRチームにはとてもではないが敵わない。エメリはそもそもそこまで有能なコミュニケーターではないし、スター選手をうまく管理するスキルで知られているわけでもない。

エメリは、エジルの起用に関する方針が一貫性を欠いていることで批判されてきた。もちろんエメリに公平を期していえば、彼の主張はトレーニングをきちんとハードにこなす選手は選出するし、そうでなければ選出しないというものだ。基準が一貫していても、確かにメンバー選考が一貫したものになるとは限らない。

とはいえ、エメリの選手選考の基準は一貫性を欠くと思える点がいくつかあるのも事実だ。ジャカの欠点に関しては非常に忍耐強く辛抱しているように見える。だが一方で、アーセナルの成績が悪ければ悪いほど、エジルのPRにとってはプラスになる。チームの不調時に出場していない選手の株はどんどん上がっていくのだから。

オンライン上の口論から離れ、現実的に考えると、エジルはチームにとっての万能薬となり得るのだろうか。確かにアンフィールドでエジルはその実力の片鱗を見せた。(訳注: ウルブズ戦の前に書かれた記事です)

彼はフィギュアスケーターのようにピッチ上を動き回り、スペースを見つけてはサッカーボールをホッケーのパックのように容易く動かした。彼のプレイは意図と常にターゲットを見つけるように見えるフリックであふれていた。

エジルにはまるでファイナルサードで正しい決断を下せる第六感があるかのようだ。この日のエジルは良いエジルで、もしこれが毎試合観られるなら何も問題はないだろう。

以前私はカップ戦のアーセナルのメンバーの方がよりバランスがとれており、より流れるような美しいサッカーを見せられると書いた。リバプール戦の5-5の試合では、互いのチームが守備をゴミ箱に捨ててしまったこともあり、エジルは素晴らしいプレイを見せた。問題はこれをプレミアリーグで、より真剣に臨んでくる相手に見せられるかだろう。

チームは中盤と前線を繋ぐのに苦戦しており、これがエジルの起用によって改善され、より流動的になるのは間違いないだろう。にも拘らず、エメリが何故選手を孤立させるような戦術を採るのかはよくわからない。

もちろん監督は選手を罰する権限を与えられるべきではあるが、練習場の様子を窺い知れない我々にとってはエジルの練習場での様子を知ることは出来ない。

もしもやる気スコアなどのようなものがロンドンコルニ―に張り出され、エジルがそこで明らかに他のチームメイトより劣っているということなのであれば、罰のような扱いを受けたとしても文句は言えないだろうが。

もちろんエメリもエジルが急に彼の親友のフラミニのように相手を追いかけまわしタックルを決めるMFに変貌するとは期待していないだろうが、それでも越えてはいけない一線というのはあるのかもしれない。

エジルは恐らくある種の象徴のようになっているのだろう。ハイプレスの魅力に酔いしれるリーグにおいてアーセナルに起用する余裕のないラグジュアリーなのだ。だがそれでも、未だに彼は恐らく、というかほとんど間違いなく、チームで一番才能のある選手だ。

だが、彼はもう長い間一貫したパフォーマンスを発揮できていない。8月の時点で既に、ノースロンドンダービーでエジルがベンチから出場することはなかったが、それに特に疑問が呈されることはなかった。チームの不調が続き、ファンとエメリの関係が悪化するにつれて、この問題が再び表出することになったのだろう。

(明日の後編に続きます)

(Source: https://arseblog.com/2019/10/license-to-ozil/ )

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