ムヒタリアンのイングランドでのキャリアを失敗させた一つの決断

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もしアーセン・ベンゲルがジョゼ・モウリーニョに先んじてムヒタリアンをアーセナルに連れてきていたら、彼のイングランドでの3年間はどれほど違うものになっていただろう。

ムヒタリアンにはヨーロッパのトップレベルの二クラブが興味を示しており、それはアーセナルとマンチェスター・ユナイテッドだった。ポグバやイブラヒモビッチをユナイテッドに移籍させたミノ・ライオラとの関係性もあり、最終的に彼はユナイテッドに移籍することになった。

移籍当時は、ムヒタリアンはベンゲルの優しく自由すぎるアプローチよりも、モウリーニョのより競争の激しいやり方のほうが好ましいと考えたのかもしれない。今となってはそれは非常に奇妙に思える決断ではある。イングランドでムヒタリアンは完全に自信を喪失してしまっていたように見えたからだ。

こういった心理状態では、モウリーニョのような監督の下で成功を収めることはできない。もちろん、こういったアプローチを特に苦にしない選手もいる。ムヒタリアンと同じく繊細で直感的なプレイスタイルを持つ選手でもだ。

エジルとモウリーニョの関係性は良好とはいいがたく、時に激しい言い争いになり、臆病者と非難されることすらあったようだが、それでもエジルはマドリードで完璧なパフォーマンスを見せていた。

実際のところ、モウリーニョはムヒタリアンに対して他の選手に対してよりも忍耐強さを見せた。スター選手を公衆の面前で罵倒することを厭わなかった監督が、ムヒタリアンに対してはよりソフトなアプローチをとったのだ。

だが、ベンゲルとは異なり、モウリーニョは不調に陥ったムヒタリアンを信じて使い続けたりはしなかった。当然、ケガから復帰しても即座にスタメンに復帰させたりということもない。だが、モウリーニョが何をしても、ムヒタリアンからのポジティブな反応は引き出せなかった。

その点では、サンチェスとの交換移籍でついにムヒタリアンをチームに加えたアーセナルの二人の監督も同じだ。サンチェスの狂気的な高給を考えれば、この交換移籍でより損をしたのはユナイテッドだろうが、とはいえ、アーセナルにとってもこれは良い取引とは言えなかった。

アーセナルが手にしたのは、完全に自信を壊されてしまった選手で、それと共に彼を素晴らし選手にしていた技術面でのクオリティも失われてしまっていたのだ。

もちろん、ムヒタリアンが輝いた時期もないわけではなかった。彼はユナイテッドのヨーロッパリーグ優勝の原動力となった。だが、ユナイテッドでもアーセナルでも、プレミアリーグでその輝きを示すことはできなかった。

確かに、フィジカルが重要なプレミアリーグで彼が苦しんだのは事実だ。アーセナルでのキャリアの終盤には、ムヒタリアンがボールを持っても、相手DFを抜きされるスピードや素晴らしいタッチがあるわけでもなく、適所へのパスを見つけ出せるだけの視野もなく、単にパワーで押し切られてボールを失う場面が目立っている。

だが、彼が苦境に陥った背景には単なるフィジカル以上のものがあるはずだ。プレミアリーグほどではないにせよ、ブンデスリーガも比較的フィジカルなリーグで、そこではムヒタリアンは輝いていたのだから。

ドイツでは彼のスピードの不足は逆に武器となった。誰もが試合のテンポを上げようと試みる中で彼はテンポを落とし、そして走りこむオーバメヤンとマルコ・ロイスへ素晴らしいパスを供給していたのだ。

恐らく、ムヒタリアンはその実力を発揮するのに心理面、そしてサッカー面で完璧に環境が整わなければダメなタイプなのだろう。彼自身も、アーセナルにやってきた直後、マンチェスターでは感じられなかった”温かさ”が感じられ、”ここではみんなが面倒を見てくれる家族のようだ”と口にしていた。

だが、恐らくそのような絆はエメリ下でケガに苦しんだ際にはあまり強く感じられなかっただろう。ケガの直前までは好調だったが、その後チーム内には一人分のクリエイターの居場所しかなく、機械は途中出場に限られた。

アーセナルファンも不満を隠そうとはせず、先日のトッテナム戦でラカゼットに代わってムヒタリアンが登場した際には、ブーイングが送られた。

そしてこの試合のパフォーマンス、ムヒタリアンのイングランドでのキャリアがいかに失敗に終わってしまったかを象徴するようだった。

23分間の間で彼は二度ボールを失い、たった一度のドリブルでは失敗し、シュートはブロックされた。彼はドルトムント時代にいともたやすく痛めつけて見せた相手に、主要な貢献は何もできなかった。

リース・ネルソンやスミス=ロウ、ブカヨ・サカ、そしてマルティネッリといった若手が控えており、アーセナルにとってムヒタリアンをチームに留める利点は何もなくなってしまっていた。彼ら四人の給与を合計しても、ムヒタリアンの週給20万£よりも遥かに安いのだ。

恐らくイウォビの売却は、ムヒタリアンを売却することが不可能だろうという予測に基づいていたはずだが、アーセナルはトップチームの二人のサイドの選手を両方放出することを決めた。ネルソンは既に序列的にムヒタリアンより上に来ているようだし、他の選手も時間の問題だっただろう。

アーセナルがローマにムヒタリアンの給与を全て負担させたのは素晴らしい条件だといえるが、あくまでレンタル移籍なので、来夏再びガナーズはムヒタリアンの完全移籍先を探すことになるだろう。

プレミアリーグがムヒタリアンの素晴らしい才能を一度も目にすることなく終わってしまったのは非常に残念なことだ。

もし2016年の夏にムヒタリアンが違う決断を下していたら、彼のキャリアは全く異なるものになったかもしれない。もしモウリーニョではなくベンゲルがより早い段階で、ムヒタリアンをチームの自由な攻撃に組み込む時間をより多く与えられていたら、全ては変わっていたかもしれない。

もしムヒタリアンが2016/17シーズンのアーセナルで、ムヒタリアンがエジル、イウォビ、ウォルコット、カソルラ、と並んでプレイできていたら。そして、そうなればサンチェスはワントップとして得点を量産していたかもしれない。

彼らはドルトムントと同じように素晴らしいサッカーを展開できたはずだ。恐らく大量の失点もしていただろうが、より多くの得点を決められていたに違いない。このような環境は、ムヒタリアンにとって完璧だったはずだ。

Source:
https://www.football.london/arsenal-fc/players/one-decision-cost-henrikh-mkhitaryan-16856077

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