プレミアリーグ時代のアーセナル史上最高の獲得ランキング

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移籍市場の閉幕まで残り数週間となり、アーセナルが残った時間でよい取引をまとめるようファンは願っていることだろう。

アーセナルは過去には素晴らしい選手を何人も獲得してきたクラブであることは間違いなく、今回の記事ではプレミアリーグが始まって以降のアーセナルの獲得をランキング形式で見ていこう。このリストにサンチェスやコロ・トゥーレ、ファン・ペルシーといった選手たちが含まれないことが、アーセナルがいかにタレントに恵まれてきたかということを物語っている。

5位 二コラ・アネルカ

多くの点で、アネルカはアーセン・ベンゲルを象徴するような獲得だった。若く、フランス人で、足が速く、安い。たったの50万£で1997にアーセナルに連れてこられたこの選手は、1999年にはヨーロッパで最も危険なストライカーとしての評価を確立し、レアル・マドリードに移籍していった。

この時の移籍金は22.3Mで、アーセナルは非常に大きな利益を得た。そして、それ以上にアーセナルのこの利益の使い道がさらに重要で、彼らはこの半分をとあるティエリ・アンリという選手に投資したのだが、彼についてはこの記事の触れよう。そして、残りの半分によってアーセナルはロンドンの練習場をモダンな設備に一新したのだ。

4位 ソル・キャンベル

もし、ソル・キャンベルのような選手が今の市場に出ていたら、いったいいくらの値がついていただろうか。彼は2001年から2004年にかけては恐らくイングランド最高のCBで、2度のプレミアリーグ優勝とFA杯優勝を果たした。

彼のようなクオリティの選手を獲得するというのはどんな場合でも素晴らしいものだが、ライバルからフリーでの移籍というのは本当に驚くべきことだ。それは、アーセナルのスパーズに対する優位性の明確な照明のように感じられ、そしてその後の成績がそれをさらに確かなものにすることとなった。

トッテナムのキャプテンをフリーで獲得するというのはアーセナルの歴史上もっとも痛快な移籍だったといえるだろう。

3位 パトリック・ヴィエラ

インターネットとSNSが発達する前には、クラブが誰も名前すら聞いたことのない選手を獲得するということが時折あった。ヴィエラもそんな選手の一人だった。19歳の時にミランに加入していたが、その後セリエAで出場することはほとんどなく、全く無名の存在だったのだ。

だがもちろん、彼がピッチに立った瞬間にそれは変わった。彼は特別な選手だった。アーセナルファンから未だに”ヴィエラ二世”を待望する声が聞こえることがその証だ。

彼はスキルと今強固なアフィジカルを併せ持ち、知性と激しさを両方備えていた。そして、何より重要なことに彼はリーダーだった。トニー・アダムズの後を継ぐという不可能に見えた仕事をやってのけて見せたのだ。

アーセナルがプレミアリーグで最も輝いた時期には、その中心にいつもヴィエラがいた。

2位 デニス・ベルカンプ

デニス・ベルカンプの到着が、英国のサッカー界の景色をガラッと変えることとなった。彼はワールドクラスのスーパースターで、同時にプレミアリーグをも世界中のスターが集まるリーグに変えてしまったのだ。

ベルカンプは、ベンゲルと共にアーセナルが国内随一の魅力的なサッカーを展開するチームに生まれ変わるのに一役買った。彼はガナーズがそれまでの”退屈なアーセナル”というレッテルをはがす手助けをしたのだ。

そして、彼はアーセナルがダブルを達成した97/98シーズンと、無敗優勝を達成した2004年の両方の中心メンバーだった数少ない選手でもある。

1位 ティエリ・アンリ

恐らく、この選手に関してはアーセナルが獲得した史上最高の選手であるというだけではなく、プレミアリーグ史上最高の選手であるということすらできるだろう。

ウイングで不完全燃焼気味だったユベントスでのシーズンを経てアンリはアーセナルで敵の守備の全てを破壊するストライカーへとアーセナルで変化を遂げた。

アネルカの代役として獲得されたことを考慮すると、彼の活躍はさらに特筆すべきだといえる。難しい立場だったに違いないが、彼はなんとアネルカ以上の活躍を成し遂げたのだ。

アンリはアーセナルの史上最多得点を記録した選手であり、この記録はもう破られることはないかもしれない。ハイバリーの王は単に、他の選手よりも頭一つ以上抜きんでていた。

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