変革できないアーセナル 後編

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(この記事は前編の続きとなっています。)

2月の誰もが予想していたマンチェスターシティ戦での敗北から得られる喜びはほとんどなかったが、この試合でのゲンドゥージとトレイラのコンビは未来への可能性を感じさせるものだった。

アーセナルでは、アーセン・ベンゲルの時代から我々はMFはスペシャリストであるという考えになれてしまっている。コクランやフラミニ、シウヴァが守備的MFで、ジャカやプティは深い位置でのプレイメイカー、そして、ラムジーは攻撃的MFだ。ゲンドゥージはこのどれにも当てはまらないからこそ、ファンからの評価がそこまで高くないのだろう。

彼はオールラウンダーだ。そして、これはよりモダンなプレミアリーグのMFの形でもある。リバプールはヘンダーソン、ワイナルドゥム、ミルナー、ファビーニョ、ケイタ、そして時にはララナですらCMFとして変幻自在に使いこなす。トッテナムではオールラウンドなMFとしてコンバートされたシソコの前にエリック・ダイアーはポジションを失った。

同じように、トレイラとゲンドゥージは現代のプレミアリーグのMFに必要な素質を備えているのだ。彼らはボールを素早く動かすことも出来るし、自分自身も素早く動ける。そして、彼らはすべての仕事をオールラウンドにそつなくこなせる。

ジャカは多少ミスが多い傾向があるにせよ、良いクオリティを持った選手だが、スピード面で欠点を抱えている。パスは素晴らしいが、オフザボールのスピードが遅すぎ、ボールを受け取って前に放つのに時間がかかりすぎるのだ。

ゲンドゥージとトレイラはスペースでボールを受け取るのが遥かに早く、素早く前に運ぶことが出来る。もちろん彼ら二人を育てればアーセナルはリーグ優勝できるとは言わないが、来季は、この二人のパートナーシップを醸成するのに力を注ぐべきだと思う。

良い例が昨季のホールディングで、彼は素晴らしい評価を怪我までは受けていた。これは、彼がアーセナルの全てを変えたワールドクラスのDFだったからではんく、単に彼がほかの選手たちよりも少しだけ、監督の望むサッカーとの相性が良かったからだ。

これは、チームをよくするのに必ずしもワールドクラスの選手が必要なわけではないという証拠だ。単に、よりバランスの取れた選手がもう何人かいるだけでよいのだ。アーセナルには高額選手を購入する余裕がない以上、このような少しばかりの地道な改善を積み重ねていくほかに方法がない。

私が思うに、もしアーセナルが4-3-3を採用するのであれば、イウォビを3センターのどちらかのサイドを務めるCMFとしてコンバートするのは容易だと思う。そして、右側であればナイルズも同じような役目を務められるだろう。

これらの変化は、ほんの少しの微妙なもので、アーセナルをタイトル争いするチームに押し上げるとは思えないが、どちらにしろ今のアーセナルにそれを求めるのはいささか野心的すぎるといわざるをえない。

そもそも、アーセナルにできることはこれくらいしかないのだ。ウナイ・エメリにはチームを徹底改革し、みにくいアヒルの子を白鳥に成長させるだけの予算が与えられておらず、また売却によって予算をねん出できるとも思えない。

したがって、彼は練習場とプリシーズンで、何とかしてチームを支える再生可能エネルギーを見つけるしかないのだ。

エメリ就任時には、彼は純粋にコーチ型の監督だといわれていた。それがどこまで本当か我々は来季知ることになるだろう。アーセナルにはチームに火をつけてくれる何かが必要だが、エメリには木の棒と葉っぱしか与えられていない。火種はチームの中から見つけ出すしかないのだ。

(Source:
https://arseblog.com/2019/07/fat-of-the-land/ )

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