アーロン・ラムジーがアーセナルのレジェンドである5つの理由

オリジナル

マルティネッリやライアン・フレイザー、クロード=モーリスらといった名前が取りざたされ、そろそろ夏の移籍の噂も騒がしくなってきましたが、今季のアーセナルの退団/獲得で最も衝撃的なのはやはり、アーロン・ラムジーの退団でしょう。

17歳でアーセナルに加わり、大怪我に見舞われながらもそこから10年以上アーセナルと共に走り続けてきた彼の退団は、ファンとしてはとても寂しいものがあります。というわけで、彼のアーセナルでの功績を振り返ってみたいと思います。

経歴

Embed from Getty Images

僕自身も含め、ラムジーがアーセナルに加わった当時はまだアーセナルファンではなかった、という方も居るかもしれませんが、まずドラマチックだったのはその獲得レースの経緯です。

カーディフでデビューを果たすと即座にビッグクラブの注目を集めたラムジーですが、エヴァートン、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルの三クラブが有力候補とみられており、最終的にはユナイテッドとアーセナルとの一騎打ちの様相を呈していました。

まず最初にカーディフと合意を取り付けたのはマンチェスター・ユナイテッドで、獲得に自信満々だった彼らは、なんと公式サイトに『カーディフとラムジーの獲得で合意、個人合意とメディカルを残すのみ』というニュースを発表までしました。

ですが、ここでアーセン・ベンゲル監督が動きます。彼は、スイスでラムジーと家族との話し合いの場を用意。ラムジーにアーセナルの理想を語り、かつ監督自身がラムジーに用意しているプランを語って説得します。

これに心動かされたラムジーは晴れてアーセナル入りをすることとなり、公式サイトで発表までしてしまったユナイテッドは赤っ恥を書くこととなってしまいました。

永遠のユナイテッドライバルを蹴ってラムジーがアーセナルを選んだという経緯だけでも非常に物語性がありますね。

ドラマチックなキャリア

Embed from Getty Images

そしてもちろん、ここから先は皆さんご存知かとも思いますが、ラムジーのアーセナルでのキャリアは容易いものではありませんでした。

有望なプレイを見せていたラムジーですが、彼の将来は2010年2月のストーク戦で、ショークロスのタックルによって大けがを負うことで大きな岐路を迎えることになります。

復帰に9か月かかった大怪我だけではなく、この怪我は身体面、精神面双方でラムジーに爪痕を残し、思うようなプレイが出来ない時期が続いてしまいます。復帰したシーズンはノッティンガム・フォレストで、その翌年はカーディフでレンタル修行を積む日々が続きました。

その後もあまり活躍したとは言い難く、当時を思い起こせば、なぜベンゲル監督はラムジーを使い続けるのだと不安の声も相当高まっていたように記憶しています。

ですが、転機が2013/14シーズンに訪れます。このシーズンは何かが吹っ切れたかのようにラムジーが素晴らしいプレイを見せ、ポテンシャルを最大限まで発揮して躍動していました。シュチェスニーに『今のラムジーならボールに触りさえすればゴールに吸い込まれるね』言わしめるほど得点力に磨きがかかり、そして守備でもタックルを量産してチームMVP級の活躍を見せました。

その後シーズン半ばで怪我により離脱してしまいますが、このシーズンはPFAの最優秀若手選手にノミネートされ、アーセナルのシーズンMVPに選ばれるなど、今のラムジーのひな型はこのシーズンに出来たと言えるでしょう。

悲惨な怪我、そしてその後数年にわたる不調を不屈の精神力で乗り越えたラムジーに勇気づけられたアーセナルファンは多くいたはずですし、彼を信じてずっと使い続けたアーセン・ベンゲル監督にも脱帽でした。

スーパーゴール製造機

その後のシーズンは大怪我こそないものの定期的にちょこちょこと離脱を繰り返すことが多く、一瞬の輝きは放ちこそすれ2013/14シーズンほどまとまった数字を残すことはありませんでした。

ですが、一瞬の爆発力こそがラムジーの真骨頂ともいえます。その高い技術力は年々上がっていき、記憶に残るすさまじいゴールを幾つもアーセナルで決めています。

個人的に記憶に残っているものだとCLガラタサライ戦のとんでもない左足でのボレーでのミドルシュート、そして試合結果があまり重要ではなかったためそこまで話題になりませんでしたが、2013/14シーズンに怪我からの復帰後最後に決めたノリッチ戦でのボレーも素晴らしかったと思います。他にもいくつかヒールキックで華麗にゴールも決めていますね。

ただ、なんといっても一番ラムジーらしさが表れているのはCSKAモスクワ戦でのループのようなボレーシュートではないでしょうか。あそこでGKの上を越せば入る、と即座に判断することが出来、かつそれを実現できる技術力を持ち合わせていて、そして、あそこまでフリーの状態でわざわざ難しいループ気味のシュートを選択できるメンタルの強さを持ち合わせているのは世界広しと言えどラムジーくらいではないでしょうか。

もちろんシュートとしてどちらが決まりやすいかというのはわかりませんが、普通にシュートを打っても十分入る可能性が高い場面で、(外したら叩かれること間違いなしの)あんなトリッキーなシュートを選択できるというのはスゴイ胆力だな、と震えました。

勝負強さ

Embed from Getty Images

そして、ラムジーといえばなんといってもその勝負強さでしょう。そもそも得点数自体がMFとしては非常に多く、アーセナルでの68得点というのは、セスク・ファブレガスを抜き、中盤の選手としては最も多い数字です。

また、同時に全く同じ数の68アシストも記録しているのがラムジーらしいな、という感じがします。得点に偏っているわけではなく高い技術で味方をアシストすることも出来ます。一時期のジルー・エジルとのコンビネーションは非常に魅力的でした。

数字に表れているようにラムジーはここぞ、という場面で非常に頼りになりますし、その象徴がFA杯でしょう。

ベンゲル監督の後期、長い無冠時代を救ったのが2014年のFA杯決勝、ハル・シティ戦での延長戦のラムジーのFA杯での決勝点でした。もちろんわかりませんが、もしここでアーセナルが敗れていたら、ベンゲル監督へのプレッシャーはより強まり、より早くアーセナルを離れることになっていたかもしれません。

そして、2017年のFA杯決勝チェルシー戦では、なんとカップ戦決勝の決勝点という偉業を一度ならず二度までも記録します。これだけでもラムジーはレジェンドの名にふさわしいと言えるでしょう。

アーセナル愛とプロフェッショナルな姿勢

Embed from Getty Images

また、ラムジーといえば常にそのプロフェッショナルな姿勢とアーセナルへの忠誠心を貫いてきた選手でもあります。

ユース育ちではないとはいえ17歳から在籍しており、心の底からアーセナルに染まった選手ですし、また人格的にも良くも悪くもやんちゃなウィルシャーとは対照的に、パーティや飲酒喫煙などのニュースとは無縁で、常にサッカーに対してストイックに向き合っている姿勢が伺えます。

そして、何よりファンとしては嬉しいのが、普段は温厚なジェントルマンであるラムジーがトッテナムとの試合では誰よりも感情をむき出しにして向かっていくてんです。そして、今季は見事に点も決めて見せました。

その際に、『(ウェンブリーがトッテナムのホームではなく、かつラムジーが二度決勝点を挙げた地であることを揶揄して)ここは俺のホームだぜ』とセレブレーションをしてみせたり、インスタグラムで、エリック・ダイア―がお前はベンチに座っとけ、とコメントしたとされる中『座れって言ったっけな?』と煽るような投稿をしてみたりと、普段のラムジーはどこへ行ったのだと思わされるような行動を見せるところも素敵です。

また、多くのアーセナルファンが据えかねていたであろうピアース・モーガンとの握手を拒んだりもしたりと、優しい人格者でありながら、アーセナル愛のためには一本筋を通す、そんなところが人気の秘密なのでしょう。

今季ユベントスへの移籍が発表されたのちも全くそのプレイは変わることなく、アーセナルでの最後の一秒まで全力を尽くす姿勢を疑う人は誰もいなかっただろうと思います。

逆に全力を尽くし過ぎた余り怪我という結果に終わってしまったのは残念ではありますが、それもラムジーらしいような気がしなくもないですね。

来季のアーセナル、ラムジーのいないアーセナルにはただ一人の選手が去るということだけでは計れない大きな穴があいてしまいましたが、それよりも大きな穴が心に空いてしまったファンの方も多いでしょう。

来季のアーセナルがそれを紛らわせてくれるような素晴らしい成績を残してくれることを願うとともに、是非CLで(まず出場権を得て)勝ち進んでユベントスと対戦し、きちんとピッチ上でラムジーにお別れを言える機会を作ってほしいものです。

広告