マックス・ダウマン: その比類なき才能が扉をこじ開ける
マックス・ダウマンがファーストチームで本領発揮し始めている。ある意味では、12月に負った足首の負傷は彼に関する議論を少し落ち着かせ、監督がこの選手をどのようにチームに組み込むかという難題を先送りにする助けになったのかもしれない。
私が見る限りでは、彼はすでに準備ができている。
ダウマンが心理面・肉体面で、トップレベルで継続してプレイする準備が整っているのかは、まだ分からない。それを判断できるのは、選手の身近にいる人々やクラブ内部の人間だけだろう。
しかし、彼の年齢を知らずに、彼のこれまでのアーセナルでのプレーを、見せられたとしたら、チームでも屈指の選手という評価を得るはずだ。彼はそれほどまでに優れている。
シーズン終盤のこの段階では、アーセナルは重要な試合があまりにも多く、ダウマンを長期的にチームに組み込む余裕はあまりないように思える。これは、無配優勝のシーズンに16歳のセスク・ファブレガスがリーグ杯で数試合出場したときのことを思い出させる。
あの時も、彼がヨーロッパでも屈指のチームのレギュラーとしてプレーできる準備が整っていることはすぐに明らかだったが、2003-04シーズン、アーセナルは国内カップ2大会で準決勝、チャンピオンズリーグでは準々決勝に進出していた。
そのシーズンにセスクも軽い負傷をしていたという記憶がある。このため、ファブレガスの台頭をめぐる議論は一時的に棚上げされたが、それも長くは続かなかった。遅かれ早かれ、アーセン・ヴェンゲルは世代を代表するタレントにどのように安定した出場機会を与えるか考えざるを得なかった。
今季終盤、ダウマンはベンチからインパクトを残す選手として起用することができるだろう。メリーノとウーデゴールが負傷しており、ハヴァーツのコンディションもまだ万全ではないため、左利きのMFとしてダウマンには果たせる仕事があるはずだ。
ただし、もし彼の成長がこのまま続くなら、すぐにでも彼にはそれ以上の役割を与える必要がある。そして今のアーセナルのスカッドの人数を考えれば、そのためには誰かが彼のために道をあけることになるはずだ。
それが具体的に誰なのかを今決める必要はないと思う。状況がそれを決めるだろう。
サカ、ヌワネリ、ルイス=スケリー、そしてダウマンと、アカデミーから台頭する選手が皆左利きなのは興味深い。これは偶然なのだろうか。
今すぐ議論する必要はないが、彼らの類似性を考えれば、ダウマン、ヌワネリ、サカの3人を同時にチームが受け入れられるのかをどこかのタイミングで考えなければならないだろう。彼らのうちの一人が左ウイングとして成長するのであれば、話は別かもしれないが。
ファブレガスの時も同じだった。多くの人は、ファブレガスがヴィエラを押しのけてその座をものにした、という風に記憶しているかもしれないが、私の見方ではそれは部分的な真実でしかない。
ヴィエラの将来はセスクとは独立した別の問題であり、彼は退団を望んでいた。本来、理想的にはヴィエラがファブレガスの隣でプレーする中盤の方がアーセナルにとって望ましかったと思う。
最終的には、チームの『鍵』はファブレガスへと引き渡され、そしてその過程で、道を譲ることになったのは恐らくアンリだった。
しかも、当時の彼らはまだ20代後半のビッグネームだった。
ファブレガスはクラブの歴史的な絶頂期にチームへ加わったわけだが、ダウマンも、同じことを起こす可能性がある。
この議論は今のところは保留されるだろうが、このレベルの才能が長く埋もれたたままでいることはあまりない。
優れたアカデミーの選手には意図的にキャリアパスが用意されるものだが、このレベルの才能を持つ選手はその存在感で、彼らに合わせてチームの布陣そのものが組み替えられる。
よほどのことがない限り、その結果として誰が屋根裏に追いやられることになるのか、そう遠くないうちに明らかになるのではないだろうか。
ジャック・ウィルシャーのようなタレントが台頭した時には、彼が競争に打ち勝たなくてはいけないようなビッグネームはチームに特にいなかった。アーセナルは若手を起用したチームの組み換えの最中であり、ディアビ、ソング、デニウソン、ラムジーといった中盤の中にウィルシャーが入っていくのは容易だった。
また、ファブレガスは歴史的なチームの中で台頭したが、彼が昇格するころにはそのチームはすでに旅の終わりに差し掛かっていた。
1980年代にトニー・アダムズが台頭した時、ジョージ・グレアムはより若く、ハングリーな選手を起用するためにベテラン選手の一部を放出しようとした。ケニー・サンソムは当時も今もクラブのレジェンドだが、厳密にはアダムズと同じポジションでプレイしていたわけではなかったにもかかわらず、グレアムはサンソムを放出し、キャプテンマークをアダムズに託した。
それはまだ若い彼にとって非常に重みものある戦利品だった。長年クラブに貢献し、愛された左サイドバックがグレアム体制のもとで去ることになるとは、ほとんど誰も予想していなかった。
また、ブカヨ・サカが台頭した時には、その才能を組み込むためにアーセナルはまず左ウイングバックとして彼の居場所を作り、グラニト・ジャカが彼を支える形を取った。それは、アダムズのキャリア初期にデイヴィッド・オレアリーが担った役割に似ている。
サカを右サイドへ移したのは、チームの最も明確な穴がそこにあったという意味で理にかなった判断だった。もしチーム事情が異なれば、彼は左ウイングやより内側でプレイするポジションの選手に成長していた可能性もある。
しかし結果的にサカはコラ・ペペとウィリアンの競争相手として、本格的に右サイドでプレーし始めることになった。
ダウマンに関して非常に興味深いのは、これらすべての過去のケースのどれもが当てはまらないという点だ。アーセナルはチームの再建中でもなく、全盛期の終盤にあるわけでもない。現状、特にモチベーションの欠如を理由にベテラン選手の人員整理を行う整理する必要もない。
むしろ年齢構成やチームの成績のを考えれば、完全なピークに近いと言ってよい。
デイヴィッド・ベントリーやジャーメイン・ペナントのような選手がアーセナルで成功できなかったのは、彼らが態度面の問題を抱えていたことが大きな理由だったが、同時に彼らの成長における重要なタイミングが、当時のアーセナルの絶頂期と重なってしまったことも理由だった。
彼らは試合でベンチ入りすることすら困難だった。現在のようにベンチの人数が増え、交代枠も多い環境であれば、もしかするともう少しチャンスがあったかもしれない。
現状ダウマンにはそれが与えられている。現代のスカッド規模の大きさのおかげで彼はベンチ入りが可能だ。
まだ若すぎてローンという選択肢は現実的ではない一方、U21レベルのサッカーは既に彼にとって簡単すぎる、という状況にあるダウマンにとってこれは非常に重要だ。
彼の年齢を考えれば、不用意にプレッシャーを与えることはしたくない、という思いがあり、私はこれまでダウマンについて書くことをためらってきた。しかし、もうその段階は過ぎたと思う。
もちろん彼は選手としてだけでなく、一人の人間としてもまだ成長していかなければならない。またヌワネリが示したように、対戦相手が自分に慣れ、止め方を研究してくると、成長曲線が一時的に鈍化する、ということもある。
アーセナルには十分な人数のスカッドがあり、試合数も多く、交代枠も多い。そのため、ファブレガスの時ほど劇的な形でなくとも、ダウマンをファーストチームに組み込むことができるかもしれない。
しかしアーセナルの長い歴史を振り返っても、この若さでここまで優れて見える選手を私は見た記憶がない。そして、これほど輝かしい才能の持ち主であれば、遅かれ早かれチーム状況そのものを左右しまうはずだと確信している。
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