ジャカの限界 後編

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(この記事は前編の続きとなっています)

ジャカの優れた点は常に物事をコントロールできることで、特に技術面でのコントロールだ。だが、同時に象徴的なジャカのミスはコントロールの欠如の最たるものだともいえる。

ここまで継続的にこのようなミスが起こる以上、恐らくもうこれはジャカのDNAに刻まれているとしか言いようがないだろう。

私の個人的な見立てでは、ジャカは物事をコントロールし、自分の支配下に置くことに拘りすぎるのではないだろうか。

彼は試合が彼の支配下にあり、ボールもコントロールできているとき、非常に安心してプレイできる。だが、一度状況が彼のコントロールの及ばないものになってしまうと、特に自身のゴールに向かって戻りながら守備をしないといけない場合に、パニックになり、抑制が効かなくなってしまうのかもしれない。

だが、ベンゲルと同じように、エメリもまたそのような欠点を認めつつもジャカをチームに選び続けるのはなぜなのだろうか。

だが、正直なところ、エメリも渋々ジャカを選んでいるだけで、将来的にはジャカを主軸から外したチーム作りを考えているのではないかという気が私はしている。

まず、彼がいまだにクラブのキャプテンとして任命されていないというのがその理由のひとつ目だ。プレシーズンではゲンドゥージをジャカよりも低い位置でプレイさせて、CBからのボールの受け取り手になるというのを試していた。もしかすると、監督はゲンドゥージにジャカのポジションを引き継がせたいのかもしれない。

では彼は何を待っているのだろうか?単なる想像にすぎないが、今の時点でアーセナルは既に新しい選手が多すぎるため、チームの背骨の入れ替えはもう少し待った方が良いと考えているのではないだろうか。変革というよりもむしろ進化を目指しているのだろう。

確かに監督はジャカに頼っているが、昨季同じようにイウォビとムヒタリアンにも頼っていたが、彼らを放出するのに監督はためらいはしなかった。

そして、単なる感情的な問題ではなく、戦術面からみてもジャカへの依存を減らすというのは説得力のある意見だ。ジャカのパス能力は秀でているが、彼は敏捷性とスピードを欠き、さらに左足に頼りすぎるため、相手にとってジャカにバックパスを強いるのが簡単すぎる。まだまだ粗削りではあるもののゲンドゥージのほうが同じ仕事をよりダイナミック且つ素早くこなせるだろう。

近年のトップクラブでは、良いパサーを中盤の底に据えるというのがトレンドだ、チェルシーのジョルジーニョとカンテ、アーセナルのトレイラとジャカの使われ方を見ればわかる。

トレイラのほうがアンカー向きだが、ジャカのパスレンジのおかげで彼が底でプレイすることが多く、トレイラはより高い位置、あるいはよりサイド寄りで使われる。

私はエメリは将来的にゲンドゥージをジャカのポジションで使いたがっているのではないかと考えているが、もう少しゆっくり、徐々にに変えていくつもりなのではないだろうか。まずセバージョスとルイスに適応する時間を与え、サイドバックの復帰を待つ。

それが終わった後であれば、(あくまで私の考えが正しければの話ではあるが)ゲンドゥージをジャカより上の序列に置く準備は整っているのではないかと思える。

アーセナルは今季も多くの試合があり、ジャカが完全にチームから外れる必要はもちろん全くない。エメリ自身が言うように、彼のチームはカメレオンのようにプレイするのだ。

だが、私が思うに、遠くない将来、ジャカは次第にチームから外れていくのではないだろうか。そもそもエメリ下のアーセナルが安定していたことなどないわけで、そうなのであれば、もう1ピースくらい外してみたところで、大した違いはないのではないかと思える。

source:
https://arseblog.com/2019/09/xhaka-cant/

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