【ロングインタビュー】ウィリアム・サリバの軌跡

インタビュー

アーセナル公式サイトで長めのウィリアム・サリバのインタビューが上がっていましたので紹介します。


2001年にパリの北東に位置する郊外の街ボンディに生まれたウィリアム・サリバの子ども時代のアイドルはアーセナルのレジェンド、ティエリ・アンリだった。彼はウィリアムが生まれた5年後にアーセナルのキャプテンとしてパリでのCL決勝に出場することになるが、この時のスタジアムはサリバのホームタウンから10kmほどしか離れていない場所だった。

この頃既にウィリアムはサッカーに夢中だった。既にプロサッカー選手になるのが夢だったそうだ。

『子供の頃、いつもサッカーをしていたよ。もう記憶がある限りいつもサッカーを好きだった。3歳くらいの頃にはプロサッカー選手になるんだ、と言っていたと思う。そして、その後もそれはずっと変わらず、僕の夢になったんだ。

家族とは関係ないはずだよ。別に僕の家族はそこまでサッカーが好きなわけではなかったからね。僕が凄く小さいころにボールを買ってくれはしたけどね。そこから僕はサッカー以外のスポーツはあまりしなかったよ。サッカーが大好きだったから。そういえば1年だけ陸上をやったことがあるけど、それくらいかな。そこから6歳の頃にはもうユースチームに加わっていた

サリバによると、彼はサッカーをプレイするだけではなく、試合を見るのも大好きだったそうだ。彼が生まれた時には世界チャンピオンだったフランス代表の試合を多く見て、その後クラブのサッカーを観るようになったのだとか。

当時アーセナルは黄金時代といっても良く、さらに多くのフランス人選手が在籍していた。小さなウィリアム少年のお気に入りのチームにアーセナルが選ばれたのも驚きではない。

『小さい頃は、チャンピオンズリーグの試合を全部見ていたよ。他のリーグの試合は家がチャンネルに契約していなかったから見られなかった。でも、このCLの試合でアーセナルを初めて見たんだ。アーセナルを見るのは大好きだったよ。7歳か8歳の頃にはアーセナルのユニフォームを買ってもらったね。

ユニフォームの後ろにいれたのはアンリだったよ。彼がお気に入りの選手だった。フランス人のアーセン・ベンゲルが監督だったしね。アーセナルにはフランスとのつながりが沢山あった。バルセロナ相手の試合や、他の試合もだけど、今でも覚えているよ。』

現在サリバは欧州屈指の若手CBとなっているが、この頃ウィリアムはティエリ・アンリのようなストライカーになることを夢見ていた。彼を指導していたのが、キリアン・エムバぺの父親だったことを考えるとそれも驚きではないかもしれない。

『ボンディでは皆がフットボールをするんだ。プロ選手が何人もこの町からは誕生している。キリアン・エムバぺ、ジョナタン・イコネ、他にもたくさんいるよ。

僕は最初はDFじゃなくて、12歳くらいまではずっとストライカーだったよ。MFとしてもプレイしていた。DFになったのはクラブを移籍してからだった。

モンフェルメイユというクラブに移籍をしたんだけど、この時ついにフルサイズのピッチでプレイする年齢になっていた。その時にコーチが僕に『ちょっと君をCBとして試してみてもいいかな?』といったんだ。それ以降は常にCBとしてプレイしてきた。

僕は同世代の選手と比べていつも背が高かったからね、CBは向いていたと思う。CBとしてぷれいするようになってからは、ほかのDFのプレイを観察して、多くを学んできた。世界中のトップレベルのDFのプレイを見て、勉強したんだ。当時は特にファンダイクをよく見ていたよ。彼のプレーから学ぶことはとても多い。』

CB転向後サリバはすぐに頭角を現し、15歳の頃にはその才能を見出したサンテティエンヌにスカウトされた。17歳でプロデビューを果たすと、デビューシーズンにはいきなりファーストチームで16試合に出場した。

そして、そこからほどなくしてアーセナルが獲得競争を制し、ウィリアム・サリバの獲得に成功する。2019年、まだ彼が18歳の時だった。

アーセナル移籍はサリバにとって簡単な決断だったそうだ。

『アーセナルは特別なクラブだからね。アーセナルが興味を示しているならゆっくり考える必要も、決断をする必要もない。簡単な選択だよ。アーセナルが僕を獲得したいと聞いた瞬間に、僕の心は決まっていた。』

だが、アーセナル移籍が決定後、実際にアーセナルでデビューを果たすまでには超えなくてはならない壁がいくつかあった。

契約時点で決まっていたサンテティエンヌでローンでもう一年過ごす、という選択は大成功に終わった。

だが、このローンが終わった後、この時点でのアーセナルは新監督アルテタの元、大変革の時期を迎えており、スカッド刷新の途中で、サリバは25人のメンバーに入れず、再びシーズン途中でニースへとローンに出るころになり、その翌年、昨シーズンは再びフランス、マルセイユへとローンに出ることとなった。

だがそれでもサリバはフランス南部で順調に成長を続けた。彼はマルセイユで50試合以上に出場を果たし、CL出場権を獲得、コンファレンスリーグでも準決勝に進出した。リーグアンの最優秀若手選手にも選出されると、フランス代表にも初召集された。

アーセナルファンが彼を白赤のユニフォームで目にすることを待ち望んでいたのは間違いない。

『ローンに出ていた時も、毎日アーセナルが僕を見ているという意識でプレイできたのはモチベーションに繋がったよ。僕の目標はいつだってアーセナルに戻って、ポジションを得る事だった。もちろん、そのためにはローンに出ている間に非常に努力をする必要があるともわかっていた。

毎週クラブの誰かがコンタクトしてくれていたよ。アドバイスをくれて、励ましてくれていた。だからフランスに居てもサポートは受けていたね。

加えて、ローンに出てアーセナルに居ないのにもかかわらず、ファンがSNS上などで僕を愛してくれて応援してくれたのはとても特別な意味を持っていたよ。このおかげで僕がプレイするのは楽になったし、今度は僕がファンの皆に恩返しをしたいんだ。』

契約後1107日を経てようやく鮮烈なデビューを果たして以来、彼はずっとそれを続けている。オウンゴールなどもあったが、逆足でのスーパーゴールを決めるなど、圧倒的なパフォーマンスを見せている。

そして、ボーンマス戦では彼のチャントも生まれた。

『前半に最初にチャントを聞いた時、本当に嬉しかったよ。試合に集中する助けになってくれたし、試合後にはファンに感謝をするためにスタンドまで行ったよ。

オウンゴールをしてしまったレスター戦でもファンは僕をサポートしてくれた。オウンゴールをしてしまった後のファンのリアクションは本当に大きな意味があった。もちろん、アーセナルファンがどれだけ素晴らしいかは知っているから、驚いたわけではないけど、本当に感謝しているよ』

既にサリバはロンドンでの生活によく適応しているが、フランス以外の国に暮らすのは初めての経験で、まだ適応中のものもいくつかあるようだ。

『食べ物とかね!笑 食事は大分違うな。でも僕はパリ出身だから、街はロンドンとそこまで大きく違うわけじゃない。同じような大都市だね。ただ、イギリス人はフランス人とは結構違う。まだ英語も勉強中だ。』

『実はまだ僕の家族はロンドンに試合を見に来られていないんだ。友達は来てくれたけどね。だけど、ついに今月来てくれる予定なんだ。僕には妹と弟がいるんだけど、彼らとはいつも話している。二人も僕のチャントは気に入ってくれているみたいだ。』

ピッチ内外でサリバは幸福を感じており、まだ21歳の彼には素晴らしい将来が待っているのは間違いない。3度のローン移籍も彼の成長に一役買ったが、ついに彼のクラブで結果を残す時が来たと感じているようだ。

『そうだね、僕は全てを勝ち取りたい。アーセナルが頂点に返り咲く手助けをしたいんだ。クラブがそこに戻れるように、僕は全力を尽くすつもりだ。アーセナル移籍後はプレイ時間をもらえなかったりと苦しい時もあった。でも、スポーツとはそういうものだ。常に良い瞬間ばかりではない。それも人生の一部だね。ただ、それももう過去の話だ。今僕は現在と未来に集中しているよ。アーセナルのために全力でプレイし、毎日ハードワークをこなし、成長していきたいと思っている。』

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Posted by gern3137