スミス=ロウの風に吹かれて

語ってみたTim Stillman,海外記事

私はかつてはいつもアーセナルのユースチームの試合を見に行っていた。定期的にユースチームの試合を観戦する方はわかってくれると思うが、ユース選手には愛着がわいてくるし、昔から見ていた選手がトップチームで結果を残すのを見ると非常にうれしくなる。

自分の中でその選手に注目していた場合には特にだ。

私はU-21でプレイするベジェリンを何度も見ていたし、彼にはファーストチームまでのぼりつめる可能性が大いにあるな、と思ったものだ。

実はセルジュ・ニャブリに関しても同じようにこいつは間違いない、と思っており、彼がスーパースターへと上り詰めたことに関して、私の眼は間違っていなかった、と奇妙な誇りのようなものを感じる。

彼は私が発掘した、とでもいうような気持になるのだ(実際には私は寒いスタジアムに座って彼のプレイを見ていただけなのだが)

それはともかく、私生活が忙しくなったこともあり、私はユースチームの観戦に行くのを2014年あたりにはもう辞めてしまっていたのだが、例外的に、2018年のFAユース杯だけはアーセナルユースを観に行った。

準々決勝のコルチェスター戦から決勝でアーセナルがチェルシーに敗れるところまで観戦に訪れたのだ。

それはなぜかって?

エミール・スミス=ロウが理由だ。

このころにはツイッターやインスタグラムでアーセナルユースチームのハイライト動画などが公開されるようになっており、そこにスミス=ロウの名前とプレイは幾度となく登場していた。

こんな選手がいるのなら一度生でチェックしてみなくては、と思い観戦に出かけたのだが、私の期待は裏切られることはなかった。

ユースチームで大活躍する選手たちには、フィジカル面での成長が早いため圧倒的だ、というタイプの選手が時折いる。

ベジェリンはU-21時代に他の選手とは比べ物にならないくらい足が速く、向かうところ敵なしだったし、ニャブリは17歳の時既にキックボクサーのように、体つきは良いがしなやかである、という素晴らしい体格だった。これは今も技術に加えて彼の強みの一つだろう。

だが、スミス=ロウに関してはそれは当てはまらず、彼は同世代の選手と比べて特段力強いわけでも速いわけでもなかった。

むしろどちらかというと、スミス=ロウの体格の成長が早ければ、もう二年早くファーストチームで台頭出来ていただろう。

彼は2018/19シーズンのヨーロッパリーグのグループステージで既に3ゴールを決め、ペナルティエリアに遅れて飛び込んで点を決める素質があるところを見せていた。

腰と肩の怪我により、彼の進歩は少し遅れ、昨年の12月チェルシー戦で先発し、沈没しつつあったアーセナルを救助して勝利に導くまで待たなくてはならなかった。

彼のことを救世主と呼んでも大げさではないだろう。スミス=ロウの初先発以来、アーセナルは獲得可能な勝ち点30のうち20を獲得したが、チェルシー戦の前は30中勝ち点5しか獲得できていなかったのだから。

ユース選手が台頭するケースには大体二通りあり、ファーストチームの選手にけががあった場合(ベジェリン)と、たまたまトップチームに同じ素質を備えた選手が在籍していない場合とがあるが、スミス=ロウは完全に後者だろう。

もしスミス=ロウがファブレガス、フレブ、ロシツキー、ウィルシャー、ラムジー、カソルラとエジルの時代にアーセナルのユースチームに在籍していたら、トップチームでポジションをつかむのは難しかったかもしれない。

だが、ライン間でボールを受けて中盤と前線を繋げる選手をアルテタのアーセナルは必要としていた。乱雑で高価なエジルの退団とスミス=ロウの台頭は奇しくもタイミングが重なったが、エジルの退団に関して誰を文句を言うものがいないことが、スミス=ロウの評価の高さを示している。

期間限定

もちろん、実際のところスミス=ロウには特に競争相手となる選手がいなかったのは事実だが、だからといって彼が素晴らしいプレイを見せていないというわけではない。

今季ラカゼットとウィリアンがトップ下で起用されることがあったが、彼ら二人とも機能しなかった(もちろん、どちらも本職ではないので当然といえば当然だが)。

トップ下はサッカー界で最も注目を集めるポジションの一つで、伝統的に創造力の天才のポジション、だらしない服装でファイナルサードでボールをあちらこちらへと動かす選手の居場所とされてきた。

かつてはここは守備の負担から解放された選手のポジションだったが現在は事情が違う。

今の時代にはトップ下もプレスに走り回ることを要求されるが、スミス=ロウは喜んでその要求にこたえて見せる。彼は相手のCBを追い回してプレスの開始トリガー役となることも多い。

1000分程度の出場で2ゴール6アシストという成果は素晴らしいものだし、時間がたつにつれて今後もっとユース時代のように得点は増えると思うが、彼の貢献は数字に残るものにとどまらない。

ヨーロッパリーグを除くと、スミス=ロウの初先発以降アーセナルは12試合で21得点を挙げている。その前の12試合はたったの7得点だった。

この期間中、ペペ、サカ、ラカゼット、オーバメヤンといった選手たちは皆以前よりはるかにプレイしやすそうに見える。

もちろんこれが全てスミス=ロウのおかげというわけではないだろうが私としては、彼の存在が最も重要なファクターではないかと感じる。

スミス=ロウに関して最も好ましい点はそのプレイのシンプルさだ。アカデミー卒の選手がトップ下の大役を任されているとは思えない大人びたプレイを彼は見せるし、若手にありがちなボールを持ちすぎてしまう傾向も全くない。

しかも、スミス=ロウのパスは事前に下書きでもしてあるかのように正確だ。サイドバックやウイングがサイドで追い込まれていれば寄っていき、彼らへの退路を提供するし、中に向かって走りこむ選手がいれば外に出て彼らのポジションを埋めアーセナルの攻撃の形を維持する。

そして、リーズ戦で見せたように、スミス=ロウはこのプレイを中央でだけではなく左サイドでも見せることが出来る。

この試合と彼が中央で起用されたセインツ戦のヒートマップは、スミス=ロウが常に動き回っていることを示している。

ライン間を繋げる必要があるエリアどこへでも出かけていき、ボールを回収しては味方のための道を開くところはまるでパックマンのようだ。

彼の効率の良さと絶妙なプレイ精度は彼の年齢の選手にはとても珍しいものだ。

技術の高さはユース時代からすでに突出しており、世代を代表する選手になるだろうと期待されていた。だが、最近の彼の成長に関して素晴らしい点は、彼がチームの潤滑油として、メインディッシュではなくて調味料になるのも厭わないということだ。

彼は静かにアーセナルのトップチームに台頭したが、その静かさこそが最も貴重な点なのかもしれない。

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Posted by gern3137