ウナイ・エメリ インタビュー 2020/5月

インタビュー

Guardian誌に掲載された、ウナイ・エメリ元アーセナル監督のロングインタビュー記事です。(なぜか記事自体にタイトルが設定されておらずブログカードに表示されていませんが、元記事は"Unai Emery: 'Arsenal couldn’t protect me. Truth is, I felt alone"と銘打たれています)

バクーからの飛行機は、トロフィーをのせず、朝の8時にイギリスに到着した。ウナイ・エメリは3時間だけ眠り、翌日またロンドンの練習場に向かった。

2018/19シーズンの最後の試合の後のことだ。このシーズンを"とても良いシーズンだった"とウナイ・エメリはインタビュー中繰り返し主張した。しかし、終盤大失速し、パレス、ウルブズ、レスター相手の7日間で3度の敗戦、そして、ブライトン相手の引き分け。これにより、プレミアリーグ経由でのCL出場権獲得は叶わぬ夢となった。

そして、アゼルバイジャン・バクーでの決勝で敗れ去り、ヨーロッパリーグ優勝によりCL出場権を獲得することもかなわなかった。

この試合の分析、そして今後に備えた準備が始まるはずだった。

昼頃から少しずつ選手が顔を見せ始めた。一人ずつだ。だが、メスト・エジルは姿を見せなかった。

それでもエメリは選手たちに彼のプランを話し、そして選手たちのプランにも耳を傾けた。

その夏は選手獲得に130M£が費やされ、10人の選手が放出された一方で8人が加入した。エキサイティングな2年目になるはずだった。

しかし、エメリ自身も認める通り、どこかで間違えてしまった。何かが壊れてしまい、状況を変えるには監督を変えるしかなかった。そこから6か月のうちに彼は解雇された。

エメリはアーセナルの歴史上最もうまくいったシーズンの序盤を送ったが、同時に30年間で最悪の期間ももたらした。チームがばらばらになるのを彼は一人ぼっちで見つめ、毒々しい空気に囲まれる中タッチラインで寂しげに座っていた。

11/29にエメリの解雇が公式に発表された。バレンシアでロックダウン生活を送るエメリはあまり過去について思い出したくないようだった。

だが、エメリが自身のルーツや再び監督業へと戻る意欲などについて語るその眼には、去年の秋には失われていた情熱が宿っていた。

彼は自身がアーセナルにもたらしたポジティブについて何度も語ったが、これはエメリに付きまとうイメージ-大失敗、笑いもの-とはかけ離れているようだ。彼はこの評価は正当ではないと思っており、どこで間違えてしまったのかと考えさせられる。

まずヨーロッパリーグの決勝の話から始めよう。

確かにチームは水面下でいろいろな問題を抱えていたが、もしCL出場権を獲得できていれば、チームは変わっていただろうとエメリは信じている。

EL決勝がその変革の始まりとなるはずだった。だが、やはりエメリが語るのを聞くとあそこが終わりだったのだと感じさせられる。

2018年の10月にはファンは『俺たちのアーセナルが帰ってきた』と歌っていた。だが、その一年後にファンはエメリアウトを叫んでいた。

『一年目は多くのことが上手くいっていた。』とエメリは言う。

『これは私のチームだ、と思った。人々は今のアーセナルには君のパーソナリティが表れているよ、言ってくれた。インテンシティ、エネルギー、スピリットがあった。トッテナム、ユナイテッド、チェルシーとは引けを取らなかったし、13年ぶりにヨーロッパの決勝の舞台にたどり着いた。ナポリとバレンシア相手には良いプレイを見せた。3位でリーグを終える可能性すらもあったが、パレスとブライトン相手に勝ち点4を失ったのが決定的だった。』

エメリはこれらの結果を『理解不能』と評するが、それでもこれらの試合を振り返るにつれて、今回のインタビューで何度も繰り返し訪れることになるテーマが表出する。

『最初はとても良かった。ロッカールームの雰囲気も良かった。だが、絶好調だったラムジーの怪我が大きく影響した。彼はとても影響力のある選手で、ポジティブさとエネルギーをチームにもたらしていた。四月の重要な時期を彼なしで乗り切るには、他の選手たちに100%のコミットメントが必要だった。』

コミットメント、この一時間のインタビューでエメリは何度もこの言葉を口にした。

『バクーでは、チェルシーの方が我々より優れていた。それは認めよう。後半にエデン・アザールが違いを作った。

我々はきちんと準備していたが、何人かの選手はある日はイエス、ある日はノー、というようなメンタリティだった。だが、サッカーに必要なのは今日もイエス、明日もイエス、毎日イエス、というメンタルだ。そこのほんの少しの違いが最後の失速につながってしまった。

コミットメントが100%でなければ試合には勝てない。そしてそれが本当に起きた。』

エメリはコミットメントとメンタル面、そしてリーダーシップの問題について続けて語った。

『少しだけ足りないものがあると私は上層部に告げた。いくつかの決定は上手くいかず、ミスもあった。もちろん、監督としての私の責任もある。だが、私が任命した5人のキャプテンのうち4人がクラブを去ってしまった。

ラムジーは移籍を決めたがチームのためには残ってほしかった。チェフが引退したのは仕方がない。だが、コシェルニーとモンレアルには残留してほしかった。これらのリーダーがチームを去ってしまったことで、ロッカールームは全く別のものになってしまった。

また、ペペは良い選手だが、我々は彼の性格などについては知らず、適応には忍耐と時間が必要だった。私個人の希望としてはより適応に時間がかからない選手を望んでいた。

ザハと一人で試合を勝利に導ける選手だった。トッテナム、マンシティ、そして我々相手に。とんでもないパフォーマンスだった。私は上層部に彼こそが私の望む選手だと告げた。私は既にザハと話をしていたし、彼自身も移籍を望んでいた。

だが、クラブは将来のことを考えるとペペの方を獲得するべきだと決めた。私は彼らに、確かにその通りだが、チームは将来ではなく今も勝利する必要がある。といった。ザハは一人でアーセナルを打ち破った選手だ。

もちろん、彼についていた値札は高価で、パレスが売却したがらなかったの事実だ。とはいえ、クラブが下した決断のうちのいくつかはチームに悪い影響を与えた。』

このインタビュー中にエメリは何度か『自己批判』という言葉を口にしたが、エメリは自身のことをクラブ側のミスの犠牲者のようにとらえている節があった。もちろん怪我の影響もあったが、エメリに出来ることは何もなかったのだろうか?

ラムジーに残留を説得したり、契約更改をプッシュしたり、モンレアルやコシェルニーに関してはどうだろうか?また、どうしてキャプテンの選出に必要以上に時間をかけ、結局ジャカをファンと衝突するような結末を招いてしまったのか?

『私はジャカがキャプテンになれると信じていた。そして、選手たちも彼に投票した。ロッカールームでの尊敬も集めていたよ。』

しかし、なぜ監督が決めるのではなくわざわざ選手に投票をさせる必要があったのか?

『私の戦略は監督50%、選手50%というものなんだ。私は選手たちのインプットや意見も求めていた。何人かキャプテン候補がいたが、彼らには時間とサポートが必要だ。

ファンや一定の人々からのサポートがなければ、より難しくなる。もしジャカの横にコシェルニーやナチョ、ラムジーが居てサポートしてくれていれば、より楽になっていただろう。もちろん、試合結果や内部の姿勢が2季目に以前と同じ一体感をもたらすうえで感情面の助けにならなかったことも事実だ。』

エメリに向けられたもう一つの批判は、チーム最高額を得ており、最も才能のある選手であるエジルをチームに起用することに失敗したことだ。

『エジルは私のプランに含まれていたし、私はいつも彼と対話する用意があった。だが、もちろん彼も自分のタスクをこなさなければならない。

私はエジルと多く話をしたよ。』

エメリはここで長い間を置いた。そして、少し悲しげな表情を見せる。

『彼も自己批判的であるべきだんだ。彼自身の姿勢やコミットメントを分析しなくてはならない。私はエジルを助けようと全てを尽くした。私のキャリアを通して、多くの才能のある選手が私と主に自身のベストに達したよ。私はいつでもポジティブだったし、彼らをプレイさせ、出来るだけチームにかかわらせようとしてきた。

プレシーズンでわたしはエジルに君のベストを取り戻す手助けがしたいと告げた。私はエジルの高いコミットメントと意欲を高く持つことを望んでいた。私は彼をリスペクトしていたし、チームの助けになってくれるだろうと思っていた。

彼はキャプテンになれたかもしれないが、他の選手たちはそれを望んでいなかった。これは私が決めたことではなく、選手たちが決めたことだ。キャプテンはチームメイト、クラブ、監督を常に守り続ける存在でなくてはならない。』

エジルのホームとアウェイのパフォーマンスの差は非常に大きく、そもそも出場数がアウェイでは非常に少ない。なぜエメリはエジルを信じず、起用しなかったのだろうか。なぜ彼を改善させることができなかったのだろう。

『もちろんエジルの調子は良い時も悪い時もあった。誰にでもあることだ。時々は単純に病気あるいは怪我で起用できなかった。彼が強盗にあった直後の試合がワトフォード戦だったが、私は即座にエジルを起用した。私はいつでも彼と対話する用意があった。エジルはプランに含まれていたが、そのためには彼が全力を尽くしてくれる必要がある。』

『クラブで起こったことのいくつかは私のコントロールの及ばないことだった。』とエメリは続ける。だが当時は、彼はクラブへの不満を明かしたりはしなかった。例えクラブの責任を肩代わりすることになるとしても、今後もそのつもりなのだそうだ。

『監督というのは責任を引き受ける強さを備えていなくてはならない。矢面に立つ強さをね。私が選手たちを守り、そしてクラブは監督を守る。

私はクラブマンさ。それがアーセナルが雇ったものだ。アーセン・ベンゲルの時は事情が違った。彼が全てを行っていたからね。だが今はラウールがいてエドゥがいる。私は彼らが彼らの仕事を行ってくれると信じてた。私の仕事はサッカーだ。他のことを担当するスタッフは別にクラブが雇っていた。もちろんその結果がピッチ上の成績に影響を与えることもあったし、我々の成果にダメージを与えることもあった。』

恐らくその影響を最も受けたのがエメリ自身だろう。結果がついてこなかった際に、もっとも簡単なターゲットだったのがエメリだった。コメディのようにとらえられることすらあった。言語上の問題が彼とファンの関係性を難しくし、彼の英語力はしばしば彼の能力に疑問符をつけるための道具となった。

『改善の余地はあったが、私の英語力はそこまで悪くなかったと思うよ。だが、結果がついてこなくなるとこれは重要になる。詳細な説明をするためには高い言語力が必要になる。例えばGood Ebeningを例にとってみてくれ。もちろん正しいのはGood eveningだ。だが、アーセナルが勝っている時にはファンは好意的にとらえてくれた。だが、負け始めると悪い印象を与えた。』

確かに、結果は急速に悪化していった。エメリは選手を変え、フォーメーションを変え、作戦を変えたが、チームのコントロールを取り戻し、軌道を修正することはできなかった。彼は目の前でチームが崩壊していくのを目の当たりにした。

『難しい状態だった。エネルギーは漏れ出し、チームやすべてものが滑り出し始める。少しはサポートがあったが、悪化する空気が感じられる。ファンとの関係が悪化するのもわかる。そして、それはピッチにも表出する

パレスとウルブズ相手の敗北がその象徴だ。それは私たちの感情的な状態を反映していた。我々はうまく愛っていなかった。

私は選手たちに『これは私が見たいと思っているチームの姿ではない』と伝えた。コミットメントと一体感が既にそこには存在していなかった。そして、私は一人ぼっちになった。クラブは私を放り出し、解決法はなかった。』

ジョルジュ・バルダーノはかつて、監督には二種類ある、強者と弱者だ。と語った。選手たちに自分たちのっ監督が後者だと思われた瞬間におしまいだ。

『その通りだね。私が指揮を執ったすべてのクラブでわたしは守られていた。アルメリア、バレンシア、PSG。セビージャではモンチがいた。PSGでは公の場で、そしてロッカールームでアル=ヘラフィーが守ってくれた。

だが、アーセナルは私を守ることができなかった。もしかすると、すべてを自分でこなしていたベンゲルに慣れすぎていたからかもしれない。

もちろん、表向きは彼らはいつも『我々は君をサポートしている』と言っていたさ。だが、ファンの前で、そしてロッカールームでは私を守ることができなかった。本音を言うと。私は孤独に感じていた。そして、結果がついてこず、私はクラブを去らなくてはならなかった。

とはいえ、私はアーセナルで幸せな時間も過ごしたし、良い思い出もある。最初の一年は素晴らしかった。

私は多くの若手に機会を与えた。ブカヨをデビューさせたし、レノも成長した。ウィロック、ネルソン、エンケティア、マルティネッリ。ゲンドゥージもよくやったしルーカスもだ。彼らが成長するのを見るのは良いものだ。

オーバメヤンは31ゴールを決め得点王になったし、ラカゼットは19G13Aだ。

唯一足りなかったのは、オーバメヤンがトッテナム戦でPKを決めることだけだった。あの勝ち点2がCL出場権獲得に足りなかった。あるいは、ブライトンとパレス相手の勝利が。

我々はミスをいくつかおかし、タスクを完了できなかった。

私は自己批判的な人間だ。確かに、重要な結果を出せない時もあった。

だが、エミレーツスタジアムでの試合は楽しかったし、今もアーセナルはフォローしている。彼らは変革を始めていて、アルテタは正しい選択だと思う。クリスマスあたりでわたしは彼と話をしたよ。彼とアーセナルには成功してほしいと思っている』

エメリは、再び監督業に戻る準備ができているようだ。

『もうエネルギーと気持ちは戻ってきた。サッカーも見ているし、学んでいる。もしイングランドに良いプロジェクトがあり、私をサポートしてくれるなら、私はチームの指揮をとれるよ。イングランドではチームとの一体感がサッカーに息を吹き込む。

イングランドではサッカーへの気持ちはより深く、教会に似ている。

私はサンセバスティアンに生まれ、レアル・ソシエダのファンなんだ。チームを思う気持ちはいつも私のハートにある。イングランドでもそれが見つけられるね。それは素晴らしいことで、とても素敵なものだと思う。』

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Posted by gern3137