英Independent紙ミゲル・デラニー記者インタビュー
先日、訳させて頂いた『フットボール・マネー: 資本主義と権力闘争のゲーム』が発売となったのですが、本書の出版に際して、イギリスのIndependent紙のチーフサッカーライターでもあるミゲル・デラニーさんにインタビューさせて頂いたので、そちらを日本語に翻訳したものをお届けします!
執筆のきっかけ
山中: どのような経緯でこの本を書こうと思ったのでしょうか。何かきっかけとなる特定のイベントがあったのですか。それともどちらかというと、徐々にコンセプトが形作られた、というイメージでしょうか。
ミゲル: 少しずつ、という方が近いと思います。どちらかというと、私が新聞記者として15年-20年間報じてきた内容の集大成のような本になってくれたのではないかと願っています。
ただ、特に重要な出来事はいくつかありました。その一つが2022年のカタールW杯で、取材でこのときドーハにいたのですが、この年、そしてその後2023年にサウジプロリーグのプランが発表されたことは、サッカー界の現在地を如実に示しているように感じられました。
2022年のW杯の時点で既にこういった本を書けないか、という構想があったのですが、この本の編集者のティアニーも全く同じ考えを持っていたようで、同じ話を持ち掛けてくれました。
ただし、この本(英語版)のタイトルにはスポーツウォッシングという言葉が入っていますが、サッカー界と専制国家の関係性以外の多くの内容にも触れていて、サッカー界の競争のバランスの崩壊に関しては、既に2013-14シーズンのCL決勝、レアル・マドリードが劇的な同点弾のあと延長戦でアトレティコ・マドリードを下した年ですが、その時点で既にこういったスーパークラブと他のクラブの差が大きく開いている、というのを感じていました。
執筆や取材に当たって苦労したことや新たな気づき
山中: 本書の執筆に際して、特に難しいと感じたことなどは何かありますか?
ミゲル: 本書の性質的に、多くの人が私と話したいと思ってくれた一方、実名で記録に残るような形では掲載されたくない、という人が多かったのが少し大変でしたね。
ただ、出版後に一度話をしてみたかったと私が考えていた人からコンタクトをもらえることもあり、これは改訂版を書くにあたってとてもありがたかったです。
また、本書の内容はそれぞれが複雑に絡み合っており、一つのトピックの取材をしていると、一章分を割くに値する、また別の課題が現れる、ということが起き、膨大な内容を一冊の本としてどのような構成にまとめるかを考える、という部分も苦労しました。
そして、これは書籍の出版だけでなく、普段の新聞記事の執筆や公開にもつきものなのですが、サッカーファンからのSNS上での反発もあり、誹謗中傷を受けるだけでなく、さらにこれがオンライン上に留まらず、現実世界にも波及することがありました。
マンチェスター・シティのオーナーシップは本書の主要なトピックの一つですが、第一版が出版されたのがマンチェスター・シティが三冠を達成した直後で、私がIndependent紙の取材でCL決勝の会場を訪れた際に、私の顔を知っていて、空港で私を見つけたファンから暴言を浴びせられる、というようなこともありました。
山中: States of Playの取材を始めてから改めて感じたことや知ったこと、何か想定外だったことなどはありますか?
ミゲル: もともとサッカー界全体の組織体制や統治構造の問題については知っていましたが、どちらかというとクラブサッカーレベルでの出来事に注目が集まることが多いので、FIFAやUEFAの抱える構造的な大きな問題に関しては、改めて目を見張るような思いでした。
もちろんこれらの組織の内部にも、サッカー界がどのような方向に進むべきなのかを真剣に考えている人は多くいます。ですが、そういった議論が組織のトップまでくみ上げられることはほとんどありません。
また、全く別の話ですが、普段は話すことのないようなジャンルの専門家と話したり、といった経験も興味深かったです。
個人的に、本書内の実際のファンの目線や心理に迫る部分は気に入っているのですが、何人かの心理学の専門家とも話しました。彼らはサッカークラブを応援することの心理的なメカニズム、つまり、なぜ私が空港で暴言を浴びせられることになったのかを説明してくれました。
山中: 興味深いですね。それはなぜなのでしょうか?
ミゲル: これは心理学的には『アイデンティティ融合』と呼ばれる現象です。サッカーファンは心理的にサッカークラブと一体であり、ほとんど自らの延長であるかのように感じるのです。
例えば私は本書の中で、マンチェスター・シティやPSG、ニューカッスルやマンチェスター・ユナイテッドといったクラブのオーナーや保有形態に関して書きました。
これに関して、特にクラブを批判したわけではなく、単に社会的機関としてのサッカークラブという存在が、どれほどスポーツ面での成功をもたらしてくれるとしても、サッカー以外の政治的な野心を持つオーナーから守られるべきである、ということが言いたかっただけです。
しかし、特にそのオーナーがクラブに成功をもたらした場合に、ファンは彼らとの絆を感じ、まるで自分が攻撃されているかのように感じるのです。
2026アメリカW杯に関して
山中: W杯がサッカーの歴史を通していかに政治的に利用されてきたかは本書でも多くの文章を割いて語られていますが、今年のアメリカW杯についてはどう考えていますか。
ミゲル: ロシアとカタールという専制国家でのW杯を経て、次の開催国はアメリカということで、確かに商業色は強いものの、2026年は少し伝統的な形のW杯に戻るのでは、という見方もありました。
ですが、おかしな話なのですが、トランプ政権のせいで、カタールW杯よりも政治色の強いW杯とすらいえると思います。
もちろん、移民労働者の人権侵害のもとで成り立ち、W杯開催が直接的に多くの苦しみを生み出したカタールW杯とは種類が違う政治性で、規模や深刻さという意味ではカタールW杯が抱えていた問題の方がはるかに大きかったかもしれませんが、今回のアメリカW杯にも数えきれないほどの政治的側面があり、サッカーの大会というよりドナルド・トランプの政治的アピールの場として、ほとんどMAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン: アメリカを再び偉大に、ドナルド・トランプの代名詞ともなっているフレーズ)W杯のようになってしまいました。
そしてこれはFIFAが極端にトランプに協力的であるから起きたことです。インファンティーノとトランプを見てください。W杯の開催国であることは別にしても、FIFAのトップがここまで一つの国と親しいというのは前代未聞で、これがいかにイレギュラーなことであるかは指摘されるべきです。
サッカー界の今後
山中: ありがとうございます。このW杯を経て、この先サッカー界はどこへ向かうのでしょうか?ここから立て直すこともできると思いますか?
ミゲル: インファンティーノ体制下のFIFAは、より専制的な政治体制寄りになってはいます。FIFAはサッカーが世界を変えてくれる、と言いますが、本書でも書いた通り、私はこれに否定的です。
サッカー界が世界を変えるような影響力を行使したり、サッカーのために世界が変わることを求めない限りは、それは起きません。
その最もわかりやすい例がカタールW杯、そして今後のサウジアラビアでのW杯開催です。
もしカタールW杯が、カタールの移民労働者に関する法律の改正、あるいは一定の人権基準が満たされた場合のみ、といった条件の下で開催が認められたのであれば、確かにこれは正当化することができたでしょう。
ですが、もちろんそんなことは起きませんでした。サッカー界にはそのような影響力を行使しようという気はなかったのです。
この潮流は、今後も続いていくように見えます。
山中: クラブサッカーレベルではどうでしょうか。
ミゲル: ある程度期待感のある動きは起き始めています。人々はこれらの問題により注意を払うようになりました。イングランドのサッカーガバナンス法案は正しい方向への一歩に見えます。サッカーの文化的な側面を考慮に入れたものだからです。
やはり、状況が変わるためには、法的な機関の介入が必要だと思います。
FIFAが今のスタンスを変えず、国家権力が欧州サッカー界に影響力を行使し続けるのであれば、どこかでEUや欧州の国家そのものが動かざるを得ないポイントが来るかもしれません。既にEUの何人かの政治家は懸念を強め始めています。
サッカーというのは本来、文化的な善であり、他の何にも代えがたい形で人の感情を動かすものです。もしサッカー界がここからどんどんかけ離れた方向に進んでいくようであれば、どこかのタイミングで何らかの介入が行われるのではないかと思います。
なぜなら、サッカー界の組織も、何らかの形で法的な構造のもとに置かれる必要があるからです。これは、芝生の上で起きる出来事とかけ離れているようには思えますが、これこそが2026年のサッカーの在り方を示しています。
例えばサウジアラビアがニューカッスルを保有することも当たり前になってしまった、ということ自体がおかしな話ですが、国家がサッカークラブを保有することが許可されるべきではないと思います。
例えば、イギリス政府がフランスのFCナントを買収した、と想像してみてください。この不条理さがわかるはずです。
日本のファンへのメッセージ
山中: もちろん、特定の国の読者を念頭に置いて書いている、ということもないかとは思いますが、最後に、日本のファンへ何かメッセージはありますか?
ミゲル: もちろん、まずは本書を読んでみてくださいね!と伝えたいです(笑)
また、この20年間、少しずつの変化が積み重なり、サッカーは本来の在るべき姿とは異なる方向に進み始めています。
これは日本の方に限らずですが、読者の方にはこれを認識し、本書の、サッカーの本当の価値や、どうあるべきなのか、どのようなポテンシャルを秘めているのかを認識し、それを守っていくべきである、というメッセージに共感してもらえることを願っています。
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