何故中東の国家が欧州のサッカークラブを買うのか?

語ってみた

2003年のロシアのオリガルヒ、ロマン・アブラモヴィッチのチェルシー買収が重要な分水嶺となり、一気にオーナー/資本の国際化が進んだプレミアリーグだが、現在ではイングランドの企業や人物によるクラブ所有はむしろ少数派で、ベッティング系の大富豪であるトニー・ブルームとマシュー・ベナムがそれぞれ保有するブライトンとブレントフォードにトッテナムとウエストハムを加えた4クラブしかもう残っていない。

今やプレミアリーグのクラブのオーナーの半分以上はアメリカ系で、2010年代以降圧倒的な成績を残し、プレミアリーグの顔と言ってもいいマンチェスター・シティは実質的にアラブ首長国連邦のアブダビという国家保有のクラブだ。近年そこにサウジアラビアのニューカッスルも加わり、欧州に目を移せばカタール資本のPSGもフランスリーグ一強時代を生み出し、バイエルン、レアル、バルサといったメガクラブと並んで、プレミアリーグ外のクラブとしては数少ないCL準決勝の常連クラブとなっている。

今回は、4/22発売の『フットボール・マネー: 資本主義と権力闘争のゲーム』の内容を踏まえて、何故中東の国家やがわざわざ欧州のクラブを買うのか?を解説していきたいと思う。

クラブ買収は"金持ちの道楽"などではない

FFPやPFPのようなルールの整備もあって、もっとも最近買収されたニューカッスルは比較的スマートな移籍市場での立ち回りを見せているが、シティとPSGはこれまでのサッカー界の常識を覆すような水準の移籍金や選手給与を支払っているし、ニューカッスル買収に際してサウジアラビアのPIFは305m£(約580億円)を支払ったとされている。

さて、ここで生じる当然の疑問が、彼らはなぜここまでの資金をサッカーのために費やすのだろうか、というものだろう。

動く金額があまりに大きすぎるため、我々には現実的な尺度でそれを把握することができず、これらの買収は、石油産出国の富豪のやることはやはりスケールが違うし、よくわからないなあ、程度の漠然としたイメージで捉えられがちだ。

しかし、本書の中でミゲル・デラニーや多くの中東情勢に明るい専門家が指摘している通り、カタール、アブダビ(UAE)、サウジアラビアによるクラブの買収は、非常に綿密なプランに基づく、国家としての戦略的な動きだ。

背景と経済の多角化を目指す中東国家

レンティア国家とは

ではなぜこれらの国家は、いくら無尽蔵にも思われるような資金があるとはいえ、わざわざ欧州のトップリーグのクラブを買うのだろうか?

その理由に迫るには、中東地域と石油産出国特有の政治事情を理解する必要がある。サウジアラビア、カタール、UAEの三国は皆『レンティア国家』とまとめられることのある形の国家で、そのメカニズムは、原油を他国に売却して得られる富を元手に、政府が国民に豊かな生活を与えることで国民からの忠誠を得て、非民主的な統治体制を維持する、というものだ。

これらの国家は権威主義的福祉国家と呼ばれることもあるが、実際に明示的に契約として国民に対してそれが提示されているかは別として、疑似的な社会契約のような形で、税負担のない豊かな生活と引き換えに専制体制が維持されている、というのが特徴だ。

化石燃料資源の枯渇を見据えて

ただし、現状のこれらの国家の支配者たちにとっての死活問題は、石油はいつか枯渇する、という点だ。ある程度予測される時期にぶれはあるかもしれないが、それは十分に科学的根拠のあり、いつかは起きることであると想定されているし、それを見据えて世界経済はクリーンなエネルギー源の開発や脱化石燃料の動きを進めている。

原油が完全に枯渇する前に、世界中で原油以外のエネルギー源が主流になってしまえば、その時点で原油の価格は大幅に下落し、今のような水準の富を生み出し続けるのは不可能になるだろう。実際にこれが起きれば、現状の政治体制は維持できない可能性が高く、今の国家の支配者層はその座にとどまるのは難しくなるだろう。

特に若年層の人口が多いサウジアラビアでは、化石燃料だけを元手に2000万人の若者に職を用意することが難しく、その恩恵にあずかれない層が現れ始めている。

したがってこれらの国家で『経済の多角化』という言葉が21世紀のバズワードとなっている。これは端的に言ってしまえば、ポスト石油時代を見据えて、他の収益の柱を確立することで、世界が化石燃料を必要としない時代が訪れたとしても、現状の、国民生活の豊かさと引き換えの政治的な沈黙を守る、という社会契約を維持してもらうための基盤を作ろうという試みだ。

実際に、同じUAEのアブダビの隣国ドバイはもともと原油の埋蔵量が少なかったという事情もあり、観光・金融国際都市国家としての立場を確立しており、既にそのGDPの多くが非原油産業からもたらされている。

スポーツウォッシングの二つの側面

ではなぜ、現状の石油産出国としての金銭面での優位性が衰えないうちに、これらの国家が何とかして石油依存経済から脱却し、新たな収益の柱を打ち立てたいと考えている国家にとって、欧州サッカークラブの買収が魅力的な選択肢となるのだろうか?

スポーツウォッシング①: 国家イメージの洗浄

まず第一に挙げられるのが、より伝統的な文脈での『スポーツウォッシング』で、カタールでのW杯開催が典型的な例だが、独裁に近しい専制国家の統治体制、それに伴い国が抱える多くの人権問題など国際社会の目をそらす、という狙いだ。

民主主義諸国の政治家は自国民からの監視のもと政策を決定するため、あまりにイメージが悪く、政治的に問題を抱えているとみなされる国と取引を行うことは難しくなるため、国家が一定のイメージを保つことには実利が伴う。また、評判が極端に悪化すると、国際社会から経済制裁を受け、孤立するリスクも存在する。

この両方の側面を象徴していたのがカショギ事件で、この事件後は一時的に砂漠のダボス会議からの欧米関係者の撤退が相次ぎ、ボイコットも起きたが、長期的な関係断絶には至らず、サウジアラビアと諸国の関係は大きく変わらず維持された。

むしろカショギ事件後にイメージ修復を急務と見たサウジアラビア側が、スポーツ界への投資を加速させたという見方もある。

また同時に、欧州トップレベルのクラブを保有することは、外向けにだけでなく、自国の国民に対して、我々の国家は誰もが知るこのクラブのオーナーである、というアピールになる、という点も見過ごされるべきではない。

スポーツウォッシング②: 知名度と国家ブランド

加えて、近年より注目が集まっているのが『攻めのスポーツウォッシング』とでも呼ぶことのできるスポーツウォッシングの側面だ。国際的な知名度や評判は、単に批判の矛先をそらすだけでなく、欧米でのネットワークを築きパートナーシップ締結等のチャンスを得たいと考えている国家にとって非常に頼りになる武器にもなる。

これはクラブ買収とはまた異なるが、カタールはW杯の開催により国としての知名度を上げ、観光の促進に役立てたし、アブダビ観光局はマンチェスター・シティとのスポンサー契約を通して20億人ともいわれるシティの試合の視聴者にその情報を届けている。

更にアブダビはマンチェスター・シティ経由で国際的なネットワークを築くことにも成功しており、2015年に習近平国家主席が当時の英首相デイビッド・キャメロンとともにシティの練習場を訪問した翌月、中国の投資家がCFGグループの株式の一部を取得したことが話題になった。

更にアブダビユナイテッドグループはマンチェスター市の不動産業界にも進出し、高額の再開発事業を受注し、その売却・賃貸収入も得ている。

また、カタールはPSGのオーナーとしてUEFAの要職に就くことで、欧州のサッカー界にとどまらない、政治・ビジネス界の意思決定者と日常的に接触する場を作ることができている。

商業的なメリット

また、欧州のサッカークラブへの投資は、スポーツウォッシングや知名度的な側面を抜きにしたとしても、経済の多角化を目指す中東の国家にとっては魅力的なオプションとなっている可能性もある。

PSG買収時に際してカタールが支払ったのは約100m€、シティ買収時にアブダビが支払ったのは210m£とされているが、直近のフォーブス誌の試算では、これらのクラブは数十億£の時価総額を持つと推定され、その価値は既に数十倍になっている。

実際に2022年のチェルシー買収の際には40億ポンド程度の値がチェルシーにはつけられた。

安全保障上のメリット

また、これは部分的に上で触れたスポーツウォッシング①と密接に関係してもいるるが、もう一つ見過ごすことができないのが、世界中の市井レベルで知名度の高いハイブランドなスポーツクラブを保有するというのは保有主の国家に安全保障上のメリットも与える、という点だ。

『フットボールマネー: 資本主義と権力闘争のゲーム』の中に、サッカー界の通説として「W杯を開催したばかりの国を攻めるのは非常に難しい」という一文が登場するが、世界的に知名度を持ち、「近代的で欧米の価値観と親和的なパートナーである」という評判を持った国は、欧米諸国から敵対視されづらくなり、"欧米から見捨てられにくく"なるという側面がある。

あくまで間接的にではあるが、例えば、ニューカッスルの買収により英国政府がサウジアラビアに敵対的な態度をとることのコストは大きく上昇したと考えられる。二国間に様々なステークホルダーが存在することになっているはずだし、政府が経済制裁や資産の凍結に乗り出す可能性があるとなれば、自らのクラブが立ち行かなくなってしまうかもしれない国内数百万のニューカッスルサポーターはそれに賛成することに大いに躊躇することだろう。

また、PSGに関して言えば、クラブ保有はカタールにとって隣国に対する抑止力としては働かなかったかもしれないが、カタール封鎖が行われた際にも、ネイマールの獲得に象徴されるように、世界に向けてメッセージを発信することが可能なツールとして大きな役割を果たした。


『何故中東の国家が欧州のサッカークラブを買うのか?』という問いや、その経緯などにについてより詳しく知りたい方は4/22発売の『フットボールマネー: フットボール・マネー: 資本主義と権力闘争のゲーム』をぜひどうぞ!

また、本書は約700ページの対策となっており、今回の記事で触れた内容はその一部に過ぎないので、次回は『なぜアメリカの投資ファンドが欧州サッカークラブを買うのか?』についてもどこかのタイミングで書ければと思っています。

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Posted by gern3137