【戦術コラム】躍動する若手とトップ下、ボールから離れていくランの重要性
チェルシー戦でミケル・アルテタはこれまでのアーセナルとは全く違う攻撃陣のトリオをピッチに送り出した。スミス=ロウとマルティネッリが今季プレミアリーグで初先発となり、ブカヨ・サカが右サイドで先発するのもプレミアリーグでは初のことだった。
結果としてアーセナルは7試合ぶりに試合をリードし、そのまま2点を加え、チェルシーを打ち破った。
得点期待値を見ると、一見チェルシーはアンラッキーだったようにも見えなくはないが、スコットのモデルによると、75分までチェルシーは枠内シュートゼロで、この試合で記録したxG2.4のうち、1.5は75分以降に記録されたものだ(PKと実際の得点に繋がった場面)
結果として、アルテタが制限が多く厳格なアプローチを緩め、若手の自由なプレイに任せたことで、ランパードのチームを破るという結果を勝ち取ることが出来た。
この日のアーセナルの戦術に関して特に印象的だった3つの点について分析してみよう。
サイドでのオーバーロード
色々なところで指摘されている通り、チェルシー戦でアーセナルは前半頻繁にベジェリンとティアニーを危険なエリアに送り込むことに成功していた。
これに関して非常に重要な役割を果たしたのがハーフスペースに居たブカヨ・サカとスミス=ロウの二人だ。アーセナルユースアカデミー卒の二人がチェルシーの守備的MFのカンテの横にふっと現れ、彼らに決断を迫った。
追加でMFが1人カンテの横に下がるべきか?そうすればチェルシーのプレスの威力は少し失われることになるが?
あるいは、DFが中に絞る、あるいは最終ラインを出て対応すべきか?
そうすればカンテは数的不利に陥らず、かつコバチッチが下がる必要もないだろうか?
だがそうすると今度は外にサイドバックの走りこむスペースを与えることになる。下の画像の場面でのジャカのパスは今後の展開の予言のようだが、これはスミス=ロウのポジショニング、そしてマルティネッリの走り込みによってリース・ジェームズを中央にピン止めすることに成功したことから生まれた場面だった。
また、この場面で同時に注目したいのはサカの位置で、かなり中にいる。そして、ティモ・ヴェルナーはベジェリンに付いていけていない。
もちろん、多くのケースでこれが必ずしも問題になるわけではない。例えばこの時はチウウェルがサカについて中に入ったわけではなかった。だが、チウウェルは時々サカにつられて中に入ることがあり、その際には何度かベジェリンがそれを活かす場面もあった。
ヴェルナーは時折守備で集中力を切らす場面があり、下の画像のように、ビルドアップ時にエルネニー(画面外にいるが)のCBよりさらにワイドなポジショニングにつり出されることもあった。
これによってサカとロウがカンテを挟むような形を作ることが出来、チェルシーはこの対応に手を焼いていた。
アーセナルは主に左サイドから最も危険な場面を作れていた。マルティネッリの外側を回ってティアニーが駆け上がる形からだ。
元々マルティネッリは中央に、ゴールへと向かう意識の高い選手だし、左のハーフスペースからトップ下のような位置でスミス=ロウがプレイすることで、カンテ、コバチッチ、ジェームズは3人とも誰が彼をマークすべきなのか混乱していた。
これこそが最近のアーセナルに全く欠けていたプレイで、ティアニーはこのようなオーバーラップを何度か繰り返すことで、コーナー後のチェルシーの乱れを突き、最終的に先制点のPKに繋がった。
プレス
この試合でアーセナルは敵陣で42度のプレスを記録したが、これはガナーズにとっては非常に多い数字で、チェルシーのこの試合でのショートパス数は今季リーズ戦の次に少なかった。
アーセナルはここ何週間か鈍重なプレイを続けていたが、この試合では鎖から解き放たれたかのように後ろからつなごうとするチェルシーの選手たちを追いまわした。
かつてのアーセナルが採用していた3-4-3ではアーセナルのストライカーが中盤でのパスを遮断する役割を担ったが、今回の試合でそれを果たしたのは中盤だった。
これにより、ストライカー(土曜日でいえばラカゼット)が普段よりも前でプレイすることが出来、相手CBにプレスをかけることが可能となった。
基本的な法則としてはラカゼットがチアゴ・シウヴァにプレスをかけるかマークし、ロウがカンテ、マルティネッリが相手の右CBズマのプレスに行く、という形だった。サカはチウウェル、あるいは、彼が深く下がった場合はメイソン・マウントを見る、という風に、リース・ジェームズを1人残す形となった。
これにチェルシーは苦戦しており、マーカーをかわすことがあまりうまくできていなかった。より上手くやれるチームであれば、マルティネッリがズマにプレスに行くにしたがって、空いているジェームズにボールを届ける術を見つけたのだろうが、この試合では十分に活用できているとは言えなかった。
また、ハイプレスの利点は相手にボールロストさせるだけではない。実際にチェルシーがボールロストした瞬間に、こちらの攻撃陣の選手たちは相手のゴールに飛び込んでいく準備が整っているのだ。
マルティネッリがスミス=ロウが前線に飛び出していくのを見るのは本当に清々しいものだった。
特にスミス=ロウはエネルギーに満ち溢れており、相手のミスを絶対に見逃さない、という姿勢はアーセナルにとって大きなポジティブで、彼がルーズボールをマイボールにする、という意志は伝わってきた。
とはいえ、マルティネッリとスミス=ロウがチームにエネルギーをもたらしたが、それは無鉄砲なプレイを見せたわけではなく、きちんと冷静さも保てていた。
マルティネッリはプレスに飛び出していったかと思うとより後ろでチェルシーのパスをカットする場面もあったし、二人で連携してポゼッションを奪い返すこともあった。
若手たちの素晴らしいスペース活用
何度も繰り返して述べているが、やはりこの試合で最も重要な違いを作ったのは上の二人にサカを加えた若手3人だった。
ここまでのアーセナルはトップ下のポジションに誰も置かず、攻撃はクロス偏重になっていっていた。
だが、スミス=ロウはライン間でボールを受けることが出来ただけではなく、その先も素晴らしかった。ターンしてその更に先のスペースに進んだり、前へのパスを出すことが出来たのだ。
ここまでのアーセナルにはボールから離れていく動きが圧倒的に足りておらず、これにより相手をポジション外につり出すことが出来なくなった。シンプルに聞こえるが、これがあるだけでも攻撃はずいぶんと変わるものなのだ。
チェルシー戦ではスミス=ロウとマルティネッリがこのような走りを頻繁に見せ、チャンスを作るだけではなく、チェルシーを押し下げることにも貢献した。
ついにアーセナルが見つけた足元でボールを欲しがるだけではない選手たちだ。
このような動きと少しばかりのスマートなパス交換が組み合わされば、より流動性があり脅威的な攻撃を展開することが出来る。その点ではこの日は今季最高だったと言ってもいいだろう。
(サカとスミス=ロウのパス交換から裏に向かって走り出すマルティネッリ)
このようなオフザボールのランがベジェリンから見られ、かつここにスミス=ロウのドリブルが合わさったことでサカに時間とスペースが与えられ、素晴らしい三点目に繋がった。
チェルシー戦はアーセナルが若手3人を前線に揃え、今季最も自由に攻撃をした試合だったと言っていいだろう。
マルティネッリとスミス=ロウの怪我歴、そして最近サカが酷使気味であることを考えると今後アルテタがチーム選考をいじるかもしれない。
だが彼らがその才能とサイドをうまく使いチェルシーを攻略したことはアルテタのプランに大きな影響を与えることだろう。むしろアルテタの方が彼らに借りがあるとさえいえるかもしれない。
アルテタの厳格すぎるシステムはむしろ2020年のアーセナルにとって足かせとなっている部分が大きかった。彼らがもう少し今後は自由にプレイできることを願おう。
まだまだシーズンの先は長く、ついにアーセナルが今後に期待が持てる一歩を踏み出したのかもしれないのだから。
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