アーセナルフロントの課題とエドゥ&アルテタの肩にのしかかる重圧
恐らくだが、アーセン・ベンゲル監督が史上初のCL出場権を逃し、そして彼の退団を求める声が高まり、ファンは分断し、プレミアリーグの順位も20年間で最悪の6位に終わった時、多くのアーセナルファンが『もう落ちるところまで落ちた、新監督も決まったし、ここからは少しずつ良くなっていくだろう』と思ったに違いない。
しかし、いざふたを開けてみれば、そうは世の中甘くなかった。
昨季の順位はCL権どころかEL権にも届かない8位、FA杯優勝で辛うじて欧州コンペティションの連続出場記録は繋いだが、今季も9試合を終えて12位に沈んでいる。ベンゲル退任によりアーセナルの不調は底を打ったどころか、むしろ彼の退任後に凋落は加速した感すらある。
ファーガソン退任後のユナイテッドが未だにかつてのようなトップクラブとしてのステータスを取り戻せていないことからもわかる通り、アーセナルファンも伝説の名将が去った後のクラブの立て直しの難しさを実感させられているところだ。
イングランドの誇るキャッシュマシーンであるマンチェスター・ユナイテッドほどの資金がないアーセナルにとってそれはさらに困難といってもよく、この3年で暫定監督のユングベリも合わせれば4人の監督をアーセナルは経験しており、フロント陣も総とっかえ状態、となかなかに混迷を極めている。
ピッチ内外で混迷のアーセナル
当初イヴァン・ガジディスがアーセン・ベンゲル在任時から着々と進めていたフロント陣の構造改革では、ガジディス指揮の元交渉などビジネス面をサンジェイが統括し、チーフスカウトのミスリンタートがテクニカルディレクターに昇格し、選手補強やチームの哲学など、サッカー面を統括する、というプランだったはずだ。
このスタイルの何が魅力だったかというと、チームに一貫性をもたらせるという点で、ファーガソン&ベンゲル後のサッカー界で彼らのような長期政権を築く監督はそうそう現れないだろう、というのがフロントとファンの共通認識だった。
したがって、監督をクラブの組織の一段下に置き、監督の選定までもを含めて一貫性のあったクラブ運営を行うことが目標だったはずだ。これにより、たとえ監督が結果を出せず解任、となった場合でもベンゲル退任時のように方針を180度転換!という事態に陥らずに済む。
しかし、ガジディスは長期的なビジョンどころか即座にクラブを去り、ミスリンタートはサンジェイとの権力闘争に敗れアーセナルを去り、そしてサンジェイも長期的なビジョンを持ちクラブを前に進めていこう、という意思が感じられるような人物ではなかった。
結果としてさすがに危機感を覚えたのかオーナーのクロエンケファミリーの介入を経て、サンジェイも解任、今のヴィナイ&エドゥ&アルテタ体制となった。
無限には押せないリセットボタン
ベンゲル→エメリ→アルテタと監督が交代する間にクラブのトップもガジディス→サンジェイ→???(今の実質的なトップがヴィナイなのか、それともエドゥなのか、はたまた一番発言権があるのはアルテタなのか、そもそも定かではない)ところころ変わっており、そのたびにアーセナルのプロジェクトはリセットされる、という当初の理想とは程遠い事態となっている。
憂慮すべきは、上で述べた通り、この間アーセナルは成績を落とし続けている、ということだ。ベンゲル時代が緩やかな衰退だったとすれば、ポストベンゲル・アーセナルはEL決勝進出やFA杯優勝を間に挟みながらもジェットコースターのように上下しながらそれでもやはり全体のトレンドとしては下降している。
それも当然といえば当然で、クロップとリバプールを見ていればわかるように、やはりきちんとしたサッカークラブのプロジェクトというのは3-5年程度は時間が必要なのだろう。
恐らくこうやってちゃぶ台返しを繰り返していても少しずつ新体制に割けるリソースが減っていくだけであり、そろそろアーセナルは腹をくくって一つの体制で何年か安定した時期を送る必要がある。
もちろん、そうはいっても明らかに成功の見込みが薄い人物にクラブを託したところでどうしようもないわけで、ようやく中長期的にクラブを託せる存在として白羽の矢が立ったのがアルテタとエドゥだったというわけだろう。
気になる経験不足
ベンゲル監督退任に伴ってmanagerからhead coachへと変更された肩書をアルテタが再びmanagerに戻したことからもわかる通り、これはアルテタが単なる監督だけではなく、よりフロントよりの業務もこなすのだろうということを示唆している。
ただ、フロント業もという面でみるとこのアルテタ&エドゥ体制は少し心もとないのも事実だ。彼らの能力が足りない、というよりも、シンプルに経験が少ないというのが大きい。個人的にはそれを補えるような人材をもう一人、あるいは二人ほどフロントに加える必要があるのではないかと感じている。
アルテタは監督としての経験が浅いのはもちろん、当然ながらアーセン・ベンゲルのように補強を決定したり、クラブ全体の方針について考えたりすることは全く未知の領域のはずだ。
エドゥも時折練習場に姿を現していることからわかる通り、どちらかというと現場寄りの人間でフラメンゴやブラジルサッカー協会での実績こそあるが、欧州サッカー界での役職は初めてということで、いきなりヨーロッパのビッグクラブの交渉を任せるには少し心許ないし、かつテクニカルディレクターという役職に関しても、ブラジルでの仕事は選手獲得を司ったり、スカウトたちを統括したりというものではなかったので、どれくらいの手腕なのか未知数だ。
したがって、今のところアーセナルに新たな人材が加わる兆しはないが、ハス・ファーミーとサンジェイの穴を埋める交渉が行える人材と、またミスリンタートやカジガオの代役となる実績あるチーフスカウトをメンバーに加える余地があるように思う。
もちろん必ずしも外部から招へいする必要があるというわけではなく、エドゥが移籍市場最終日に投稿したチームの中にはレディングでの経験豊富で現アーセナルのFootball Operation Managerであるリー・ヘロンの姿もあったし、最近コーチに就任したゲオルグソンはマルメでは分析やスカウティング寄りの仕事もこなしていたようなので、彼らを活用するのもありかもしれない。
アルテタと一蓮托生?
もう一つの懸念点は、現在のアーセナルが"アルテタと一蓮托生"体制といってもいい様相を呈し始めてきていることだ。
アルテタの権限はいち監督のそれを超えたものであるようだし、監督がクラブ運営に携わることのリスクはアーセン・ベンゲルが示した通りで、良くも悪くもサッカークラブのかなり多くの要素がその人物、現時点ではアルテタの力量次第ということになってしまう。
これは個人技頼みのサッカーに例えることが出来るかもしれない。
もちろん監督がイメージする選手をクラブに連れてくるのは大切で、監督がある程度の発言権を持つのは当然だ。例えばエメリはザハを望んでいたとされたいたが、クラブが連れてきたのはペペで、結果として最後まで100%エメリの信頼を得たとはいいがたかったし、トレイラよりもより体格が良い守備的MFを望んでいたようで、こちらも少し納得がいっていなかったような節がある。
もちろんアルテタが評判通りの天才で、結果を残すことが出来るのであれば何も問題はないが、もし万が一アルテタが望ましい成績をのこすことができず、いつかやむを得ず監督交代、という事態になってしまうと、運営に深くかかわる人材を描くこととなり、またクラブ運営の方向性から見直すことになり、これはアーセン・ベンゲル時代に危惧されていたことの繰り返しとなってしまう。
もちろんこれは必ずしもアルテタが失敗したケースに限った話ではなく、逆に大成功をおさめ他クラブに引き抜かれた場合なども同様だ。
ジョシュ・クロエンケとティム・ルイスが救世主となるか
ただ、現在のアーセナルに一つポジティブな点があるとすれば、過去と比べてオーナーがより積極的な興味をアーセナルに寄せており、ある程度経営に携わる姿勢を見せているという事だろう。
オーナーのスタン・クロエンケの息子であるジョシュ・クロエンケはよりアーセナルに興味を持っているようで、アルテタと連絡を取っているそうだ。また、Athleticによるとどういう形でかまでは不明だが、オーナーからの資金援助もあったようだ。
事実として、最近のアーセナルはかなりの闘士を行っており、クラブの問題はかつてのように資金を使わないこと、ではなくむしろその使い道の方だ。
もちろん単なる興味の問題だけでなく、自由に預けておけば結果を残してくれたアーセン・ベンゲルが去った今、ある程度はチェックアンドバランスの要素を導入しないといけないと感じているのだろう。
その証拠にクロエンケファミリーと懇意である敏腕弁護士であるティム・ルイスがアーセナルの外部監査役のような形で送り込まれ、その直後にラウール・サンジェイは解任されることとなった。
移籍市場真っただ中での解任劇といのはただならぬ状況で、よほどの理由があったと見るのが筋だろう。
その後もティム・ルイスはアーセナルボードに席があるので、ロンドンに常駐はできないスタン&ジョシュ・クロエンケに代わってオーナーの代弁を行うはずだ。
もちろん、オーナーが好き放題に口を出してクラブが上手くいかなくなる例もあるが、今の所ジョシュ・クロエンケはあくまでサッカー面の知識や経験などがないため現場に任せつつも、ある程度の監視や援助を行う、というレベルでの経営関与を行っているようなのは好感が持てる。
今後アーセナルのフロント陣に新たな人材は加わるのか、それともアルテタとエドゥがオーナーの支援を得て二人で結果を出すことができるのか、注目だ。
ディスカッション
コメント一覧
トーマスのディールは確信があったからこそ優先順位が最終盤で
スペインに精通した人物かつ強引な手法はサンジェイのレガシィなのでは
エドゥは当時信頼関係が破綻していたタイミングで
代理人含めてサンジェイのコントロールの効く
かたちだけのレジェンド就任で取り繕った印象ですし、
ヴィナイも専横許したガバナンスの責任の一端があるはずです
率直に脆弱に見えますし、人が抜けるのもなかなか止まらない
本当にアルテタが引き抜かれないとでも思ってるのであればあまりに危険過ぎます