マルセル・ルカッセンのアーセナルユースアカデミー改革

フロント

最近目覚ましい業績を上げているアーセナルのユースアカデミーですが、その裏には18/19シーズンからDirector of Player Development(選手育成担当長?)に就任したオランダ人の敏腕ディレクター、マルセル・ルカッセン氏の影響が大きいと言われています。

今回は彼がアカデミーの改革をどのように成し遂げたのかの紹介です。

マルセル・ルカッセンって誰?

まずは、今回の主役、ルカッセンさんがどのような人なのか紹介していきましょう。フェンロ出身のオランダ人で元はフェンロのユースコーチを務めていました。その後、比較的早い段階でドイツ代表チームに引き抜かれ、2008年から2015年までずっと選手育成担当を務めていました。

したがって、キャリアの早い段階から育成を専門としていたようです。

そして、2009年からはドイツ代表の仕事と兼任でホッフェンハイムでラングニックのもとテクニカルコーチを務めると、その後監督交代に伴ってアシスタントコーチを務めた経験もあります。

2012年以降はドイツ代表に専念し、その後中東のアルナスルに引き抜かれますが、2年後、ヨーロッパ復帰の舞台として選んだのがアーセナルでした。恐らくメルテザッカー、ミスリンタートあたりとの関係性がものを言ったのではないでしょうか。

経歴を見る限り、どちらかというと実際の指導というよりも選手育成に相応しい環境づくりやマネージメントのエキスパートという印象を受けます。

ルカッセン氏到着前のアーセナルアカデミーの様子

ルカッセン氏は、自身が選手育成担当に就任した際に、アーセナルのユースアカデミーの酷い様相に、二つの点で衝撃を受けたそうです。

アイデンティティの欠如

育成年代に共通して言える理念のようなものが欠けており、どのようなチーム、どのような選手を目指しているのかが不透明でした。ルカッセン氏がユースチームのスタッフに『アーセナル流というのはどういうスタイルなんだい?』と聞いたところ、誰も明確な答えを出すことができませんでした。

また、単純にドイツ代表のユース時代のデータや経験と照らし合わせて、特に若い世代で、チャンピオンズリーグレベルの選手になれる素質を持っている選手の数の少なさに驚いたと述懐しています。

ポジションの偏り

また、単にトップクラスの才能を持つユース選手が足りていないだけではなく、ある年代ではウイングが全くいないが中盤が豊富であったりとポジションのバランスが取れていないことも大きな問題点でした。

アーセナルに来る前にフロントから『ユースチームをゼロから作ってほしい』といわれていたらしいのですが、ルカッセン氏はアカデミー長のメルテザッカーに『ゼロ?マイナス2から作らなくてはいけないね。』と告げたそうです。

年下とはいえ選手としての圧倒的実績もあり、新しい職場の上司であるメルテザッカーにいきなりこのようにズバっと言えるあたり頼りになる人材という感じですね。

3つの改革

ここから、ルカッセン氏はアーセナルユースアカデミーの改革に着手します。

アーセナルウェイの設定

まず、アーセナルが求める理想像となる、"アーセナルウェイ"と呼ばれるサッカー哲学を実際に具体的に書き出し、設定することにしました。これは、オランダの学校で行われている教育を参考に、フォーメーション等にかかわらず適用できるもので、また若手をいろいろなポジションで起用しポジション面での多様性を鍛えることも促します。

(これの良い例が、ウイングとして育ちながらもサイドバックとして頭角を現しているブカヨ・サカで、リロイ・サネのようなウイングにはなれないかもしれないが、左WBとしてなら世界でも3本の指に入る選手になる素質がある、という評価を受けていたそうです。まさにその通りになりつつありますね。)

このアーセナルウェイは、ぼんやりとした抽象的なものではなく、この哲学の一つの一つの点に関して具体的な説明がなされ、それらが送るメッセージが理解しやすいように細心の注意が払われています。

明確な求める選手像の設定

次に、このアーセナルウェイのサッカー哲学に基づいて、各年代、各ポジションの選手に求める素質を具体的に設定しました。例えば、U-12の右サイドバックに必要なもの、U-15のボランチに必要なもの、という風にポジションだけではなく年代別に詳細にこれは設定されています。

また、各年代ごとに許容できる弱みのレベルなども決められています。この基準に基づいて現所属のユース選手やこれからアーセナルユースチームが獲得を目指す選手たちの将来性の評価が決まります。

また、より若い年代からこのメソッドを用いて選手の育成が行えるように、エドゥの到着に伴って、ユーススカウティングの範囲を世界中に広げることも行いました。

コーチングメソッドの刷新

同時に、独自のやり方の余地は残しつつも、アーセナルで働くコーチが全員採用しなくてはならないコーチングメソッドを作成しました。

このコーチングメソッドは具体性と明確さに重点を置いており、叱る基準を明らかにし、また曖昧さを避けることが奨励されています。例えば、"集中しろ"や"気を逸らすな"などといったぼんやりとしたアドバイスは避けるべきで、逆にどうすればよりよいプレイができるようになり、どうすればハードルが克服できるのかにフォーカスしたアドバイスを与えるべきです。

これはルカッセン氏がフェンロのユースコーチ時代に、長身の選手がトラップに苦戦している際にコーチたちは『もっと集中しろ』としか声をかけていなかったという経験に基づいています。

実際は、彼はピッチ上の誰よりも集中していました。ただ単に彼がボールを止める時に足が体よりも前に出てしまっていただけです。ルカッセン氏はこの少年にもっと体の真下でボールを収めるように指導したところ、劇的にトラップが上手くなりました。(これを見てほかのコーチは『いいぞ、よく集中できている』と言っていたそうです。)

おまけの逸話

また、ルカッセンさんは、コーチの選手の見る目のなさによっていかに多くの選手たちが見逃されているかについても語っています。

『私はかつて、たった一人でチームのコーチングまで試合中に行っていた選手を見つけたことがある。彼は若いながらも、既にほかの選手の一歩先に行っていることは明らかだった。

だが、その試合後のスカウティングミーティングでドイツ代表スカウトたちの間で彼のことが話題になることはなかった。

私は彼らにそれが何故か尋ねたところ、スカウトは『うーん、でも彼は体格が小さすぎるし、パスの精度も低いからね』と答えたのだ。

仕方がないので、私は彼らに、『この選手は、中盤で早めにボールを要求するとDFに返し、そしてストライカーにボールを出すようコーチングし、その後自分はそのストライカーから相手ゴールを向いた状態でボールを受け取れるように走り出せる、そんな選手だぞ。』と説明した。彼が試合を何歩も先を読む才能を持っているのは明らかだった。

そして、彼にパスを教えるのは難しくなかったよ。単純に、彼はボールを持った際に少しだけ深い位置に立って、パスを出す前にボールが体の前にあるように気を付ければいいだけのことだったからね。

この話ののち、我々は彼を代表チームに召集することにした。ヨシュア・キミッヒをね。』

(この記事の大部分はこのツイートスレッドを参考にしています)

関連記事(広告含む)

Posted by gern3137